第四話

 デート当日、午後一時。いまだかつて経験のないドドド緊張を胸に、煩悩の数ほどの罪なき「人」の文字を胃袋へと流し込んだころだろうか。待ち合わせ場所として指定された最寄り駅コンコース、みどりの窓口近辺で直立不動を保っていた僕を左方から呼ぶ声がした。振り向いた先にいたのは黒髪ボブのイマドキ風の女の子。ナオちゃんだった。


 直訳すると「ラジオ頭」になるUKロックバンドのジャケ写がプリントされたTシャツに膝上のプリーツスカート、足元はドクターマーチン風の3ホールシューズといった格好のナオちゃんは、事前にメールで交換し合っていたプリント倶楽部のそれよりも二割増しでふっくらしていた。


 美人かと問われたら、おそらく違う。タイプかと問われたら、これまた違う、気がする。少なくとも素直に首肯することはできない。しかし、しかしである。


 バストが……それはもうバストがご立派であった。


 目測Gカップはかたいであろうホイップクリームたっぷりの二つの球体を前に、己が理性は早くも飛翔姿勢。


「写メで見るよりイケメンだね」


「は! あ! いやいやいや! ジュノンボーイレベルには到底およば──」


「とりあえずカフェでも行こっか」


「ハハハハイ!」


 BPM120で跳ね上がる心臓。こわばる顔面。歩き出す彼女。必死に歩調を合わせる僕。道中の記憶は八割型が消え失せている。もうとにかく、おっぱ……もとい、いっぱいいっぱい。思考回路はショート寸前だったのだ。


 あっという間に到着した昼下がりのカフェチェーン。先客はまばら。その一角、窓際に設えられたテーブル席に着いてからもなお、僕はいまだ自身のペースを取り戻すことができずにいた。アーティスティックなまでにハズしまくっていた。世界情勢に興味関心のあるクレバーな高校生を演ずるべく北の国による日本人拉致問題について語ったときの冷え切った空気といったらなかった。思わず某衣類量販店まで季節外れのヒートテックを買いに走りそうになったほどだ。


 あからさまに口数が減る黒髪ボブ娘。ボサノヴァの流れる空調の効いた店内にアイスコーヒーの氷がカラリと溶ける音が響く。


 無論、このままおいそれと引き下がるわけにはいかない。プライドが許さない。なんとか挽回しなくては。尋常ならざる焦燥を胸に、己を鼓舞し、


「つ、つーかさあ!」


 しかし、なし得る限りの最大出力の笑顔でもって、やっとこさ口にした言葉といえば、


「ベべベンジーってさあ! ひひ響きが! ガンジーっぽくね!?」


 などという、人類総ズコーッ必至、ブランキーファンにグレッチで脳天をかち割られても仕方がない、なんとも素っ頓狂なものであった。


 ナオちゃんはその丸顔に致死量のザ・苦笑いを湛えると、


「……そろそろ帰ろうかな」


「え」


「ごめんね、これからバイトなんだ」

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