第三話
ふと空を振り仰ぐと、そこには怖いくらいの群青が広がっている。
思えば、ギャルゲーを求め級友と遠方のゲームショップまで自転車を走らせた十四歳の夏の日も、こんな景色に出会っていたような気がする。
ナオちゃんとのデート前日、午後二時。僕は学校指定のスクールバッグを右肩に、ただならぬ決意を胸に、自宅から徒歩圏内に位置する名も知れぬ山道にたった一人繰り出していた。目的はただ一つ。二次元との決別──ギャルゲーおよび攻略本の埋葬を企てていたのだ。
「……っ」
草木が鬱蒼と生い茂る獣道。むせ返るような緑の匂いが鼻を突く。牧原に二千円でつかまされた、聖なる十字架と白龍がプリントされた謎ブランドのVネックTシャツには滝の汗。「熊出没注意」および「不審者注意」の物騒極まりない看板をものともせずに僕は進む。進む。競歩の速度でとにかく進む。
三、四百メートルほど歩き続けたころだろうか。途方もなく続く未舗装路のド真ん中で足を止めた僕は、ふいに辺りをキョロキョロと見渡した。
……誰もいない。
当たり前だ。映画『スタンド・バイ・ミー』の舞台さながらのこんな秘境に誰がノコノコと足を踏み入れようものか。それこそ僕のようなワケありくらいのものだろう。内心でぼそりとつぶやきつつ、飾り気のないスクールバッグからおもむろに取り出したのは、自宅からこっそり持ち出した園芸用スコップであった。
直後、視界の端に飛び込んできた一本の大木になんの気なしに歩み寄る。血管然とした長枝にはテープの伸びきった怪しげなVHSが絡まっている。ここにしなよ、と風が語りかける。気づけば大木の根元にスコップで一撃を入れている。一心不乱に土を抉り取っている。
大きさにしてマンホールのフタほどの穴が完成したのは数分後のことだった。ここに想い出を葬ることに一切の迷い、ためらいはなかった。ここで中途半端に計画を頓挫させようものならば、僕はもう一生情けないままの劣等生で終わってしまいそうな、そんな気がしていたのだ。次のステップに進むためには、ナオちゃんとの恋を成就させるためには、ここで逃げてはならない。絶対、絶対に。
ほどなくして完成した青春の墓標。
「バイバイ」
もちろん返事はない。
タヌキの一団が物陰から怪訝そうにこちらを見つめている。どこか遠くの方では怪鳥が鳴いている。
バイバイ、青春。
心でもう一度つぶやくと、僕は全速力で駆け出した。
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