第二話

 七月。高校一年の夏休みが刻々と近づいている。梅雨明けの街がきらきらと輝き出す。


 相も変わらず純潔を保ち続けている量産型モブキャラ系男子。しかし、このとき僕は計三名もの女子と、いわゆるメル友として交友を深めていた。


 マッキーさん、もとい腐れ牧原の件のセリフは今や頭の片隅にもない。言葉の一文字一文字をぐっちゃぐちゃに丸め、焼けたアスファルトに勢いよく叩きつけたあと、フルパワーのスーパー・ウルトラ・ハイパー・ミラクル・ロマンチック・ファビュラス・アルティメット・インステップシュートでもって遥か遠くアメリカはネブラスカ州フロンティア群近辺まで蹴飛ばしてやった。ざまあみやがれ!


 そんなわけで僕は待ちの姿勢をあらため、ノーチャレンジ・ノーサクセスをスローガンに手当たり次第、沸々とたぎるリビドーのままに友人連中から女子を紹介してもらっていた。


『ネーネー! 金曜日アィテルゥゥ~★』


 夏休み一週目だったと記憶している。


『ょかったら遊ばなァィぃ??』


 胸焼け寸前五秒前、アブラマシマシこってりメッセージの送り主はメル友のナオちゃん。牡羊座AB型、帰宅部、溢れる果実のシックスティーン。


 市内の工業高校に通うナオちゃんとは最近、他中出身のクラスメイトを介し知り合ったばかりである。三人のメル友のうち二人とは悲しいかなうまいこと関係が続かず、しかしそれでいてナオちゃんとのメールのやりとりときたら、それはもういつだって盛り上がった。数日におよびラリーが続くこともあった。間違いなく好かれている。イケる。そう思った。


 ゆえにナオちゃんからのお誘いを秒で承諾した僕は、


『ァりがとぅ♪ ぅれピッピぃィー!』


 などと彼女の奇っ怪なテンションに合わせ、スクールカースト万年二番手のキャラにはまるでないキテレツな文章を打ち込んでみせた。


 やった……やったどおおおおお!


 僕は心で咆哮、頭上1フィートでは天使の一団らしき面々が嬉々としてゴスペルを熱唱している。


 決戦は金曜日。当日まで、まだ二日ほど猶予が残されている。思い立ったが吉日の言葉にならい即座に美容室の予約を入れた僕は、翌日の午後には野暮ったい髪をさっぱりカットし、申し訳程度にカラーを入れ、そのあと立ち寄った最寄り駅前のファッションビルで全面に英字がびっしり刻み込まれた、当時としてはイケてると思い込んでいた漆黒の厨二Tシャツを購入した。


 帰宅するや否や、そそくさと服を着替え、自室の姿見の前でモデルよろしくポージング。一人ファッションショーを開催し始める。


 うむ、悪くない。ナオちゃんがひいきにしているベンジーだとかいうどこぞのバンドマンにもきっと見劣りしないはずだ。思いつつ、見惚れつつ、しかしどこかしっくりこない自分自身をうすらぼんやりと自覚しているのも確かだった。


 五秒、六秒、まるでパワースポットのような静寂が空間を支配し、


「……なるほど」


 そして確信する。これは見てくれうんぬんではなく内面の問題なのだと。


 直後、ほとんど無意識のうちに動作した一対の眼球が、埃を被った真っ黒なテレビ台を捉える。上から二段目の収納スペース。そこに確認できるのは一枚のプレステ用ソフト。


 端的に述べると恋愛シミュレーションゲーム、俗に言うギャルゲーってやつである。もともと中度のオタク趣味を持つ僕は、当タイトルを中学二年時より所持しており、現在に至るまでスコスコとプレイし続けていたのだ。


 僕の脳内で行書体の「決別」の二文字が躍り始めるまで、そう時間はかからなかった。ナオちゃんとのデートを目前にギャルゲーからの、さらに言えば二次元からの卒業を決意する。


 むくむくと巨大化した想念はやがてらせん状に渦を巻き、風速八十メートル超えの特別警報級の勢力でもって四畳半のワンダーランドを倒壊させた。

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