愚者の恋

0.愚者

思い切ってラブレターを書いた相手から返事がきたらしい。

無難ながら靴箱にラブレターを入れて。

高嶺の花と言っても過言ではない、少し冷たい雰囲気の人で、でも不思議な魅力を持った謎の多い女性。

返事はポチ袋のような小さい封筒が一つ。

ひとりで開けるのは怖いのでドキドキしながら友人を巻き込む。

封筒には『そのままの貴方へ』と書かれていた。

「タロットカード…？」

封筒を逆さまにトントンと押すとカードが1枚でてきた。

出てきたそのままにカードを手に取るとそこには愚者のカードが入っていた。

「愚者のカードの意味って…？」

「なんか上下とかあるんだっけ、この場合正位置…ってやつ？」

描かれているのはふわりと軽やかな足取りそうな男性。

見たことはあるが詳しい意味は知らない。

スマートフォンで意味を調べる。

「愚者、自由奔放、無邪気、物事の始まり、失敗を恐れない根拠の無い自信、新たな道への挑戦…多いな」

「返事にしては曖昧すぎないか」

「あ、でもそれ故に“他人の評価を気にせず明るい未来を信じて”って出てきた」

様々なサイトをスクロールして見ていく。

「うーん、やっぱ意味だけ調べても幅広すぎるな…」

「お、恋愛とか相手の気持ちとかっていう分野別の読み方もあるらしい」

「それはアリかも」

「“その恋愛は可能性に満ちていること、これから始まることを予兆”だってよ！」

友人が嬉しそうに声を上げる。

「他にも“これから新しく始まる”とか“自分が1歩踏み出すことで恋愛に発展するかも”とか、そういうのも出てくる！」

言われた通りに恋愛、相手の気持ちに搾って検索してみるとどうにも恋の予感を感じさせる答えが出てくる。

「これってつまり新しく恋愛を始める…って解釈してもいいのかな」

「それはあるはず、これは直接相手に話しかけてもいいんじゃないか…？」

ドキドキが止まらない。

ニヤニヤも止まらない。

微妙に曖昧だった返事が前向きな意味を帯びてくる。

今度は言葉であらためて、付き合ってくださいと言おう。

友人に行ってくる、と声をかけ周りの人に聞きながら相手を探す。

ついに後ろ姿をみつけ、声をかける。

「あの、すみません！ 先日のお答え、前向きな答え…ありがとうございます！」

振り返った彼女は少し訝しげな顔を向けた。

「あら、先日の…お手紙ありがとう。でも前向きな答えはしたつもりはないわよ」

意味を取り違えた？

タロットに無知すぎた？

いや、様々なサイトを参考にしたし間違いないはず。

「タロットカードは見てくれたのよね。渡したままの位置で」

渡したままの位置…

そこに来て初めて自分が封筒を逆さまに向けてトントンと出したことを思い出す。

確かに、そのまま引き出せるはずのサイズだった。

－そのままの貴方へ

それがそのままの向きのことだとしたら。

本来カードは逆さまを向いていたことになる。

彼女はふっと冷たい笑みを浮かべて淡々と答えた。

「愚者の逆位置の意味は“無計画”、“無謀な行動”、とか。ごめんなさいね、私あなたのことそんなに知らないし興味もないの。私と付き合えると思って？」

まさに愚者の無邪気な行動による無計画な恋だった。

彼女は女帝のカードを真っ直ぐ持っていた。