辺境領地で究める農の道!~魔王を倒した英雄、大地に「魔法」をかける~
kaede7
第1話
円舞曲が止んだ。拍手の濁流にバトンが渡る。
宮殿の中心は、完璧な所作で観衆に礼をする秋桜色の少女。名をアイラ・アイザワ。勇者パーティーの一員として魔王討伐の旅を終えた十八歳の英雄である。
「最後まで踊ってたのはエルドと私だけじゃない! ……裏切りだよ! みんな、ひどいよぉ」
大急ぎで仲間のところに戻ると一転、アイラはぷくり、拗ねるように頬を膨らませた。
「それだけ君が素敵だったっということさ。良ければどうだい、もう一曲?」
ダンスパートナーのエルドが少し遅れて輪に加わり、アイラに誘いの手をすっと伸ばす。
「遠慮しとく。別にダンスが好きってわけでもないし。……それより今はお酒! 喉、乾いちゃったんだ」
立ち上がったエルドは小さく肩をすくめる。そして、側仕えに差し出されたワイングラスを両手に持ち、片方をアイラに手渡した。
「好きじゃない、か。それにしては堂に入っていたぞ、アイラよ」
アイラの肩に腕を回し、悪戯っぽい笑みを浮かべるのは、東方出身の武人『剣姫』と呼ばれるホムラだ。紅色の長髪をアップに纏め、薄紫のイブニングドレスを着こなした彼女は、二十歳にして妖艶な美を放っている。
「思い出すよ、五年前ここで行われた、我らの壮行式典の事を。あの頃のアイラなど、一歩ステップを踏めば転び、とても見られたものではなかったというのに」
「おお、そうじゃったそうじゃった! 儂の魔法の糸でアイラ嬢の身体を操り、何とか体裁を保ってやったのう」
樫の長杖にもたれかかる老賢者フランシスは、長く白い髭を撫でながら愉悦に笑う。
「やめてよぅ……。私の故郷じゃダンスパーティーなんて、映画の中のイベントだったんだから! 仕方がないじゃない?」
「エイガ……? 確か、アイラの故郷はチキュウのニホン、だったかな? 君がこの世界に転移してきてくれたこと、奇跡だと思っているよ」
「ほっほ。まさか、かような異界が存在していようとはの……。賢者などと呼ばれておるが、儂とて知らぬ事はまだまだ多い」
「ああ! 僕達だけなら間違いなく、はじめの難所といわれる王都北部森林すら抜けられ無かった。君が野草に精通していなければ、とっくに飢え死にさ!」
「ふーんだ。どうせ私は田舎者ですよー!」
随分酔いが回っているようだ。アイラは声を荒らげ、ずいっとエルドの胸元に顔を寄せた。
「こ、こほん……。ところでアイラ。あの話の返事、考えておいてくれたかい?」
誤魔化すように咳払いをするとエルドは、アイラの前に片膝を突き、いつになく真剣な眼差しで彼女の橙の瞳を見つめた。
アメジストをはめ込んだように深く輝くエルドの瞳には、魔王に切っ先を向け、高らかに名乗りを上げた時よりも強い力が込められている。
あまりの目力にアイラは思わず顔を逸らし、深いため息を吐く。
「またその話? 何度も言ってるじゃない。私はただ農業ができれば幸せ――」
アイラの唇に真っ白い手袋を嵌めた人差し指を立て、エルドは右の口端を上げた。
「同じ返事はもう聞きたくないんだよ、アイラ。僕はね、君のガードを破る良いことを思いついたのさ!」
「良いこと? うわわ……その笑顔。嫌な予感しかしないんだけど……」
「ふふっ。実にいい! 君たち我が盟友もちろん、父上、母上、大臣達に有力貴族ども……。役者が揃っている! この場で宣言してしまえば、既成事実が出来たと言っても過言じゃあない!」
満面の笑みを浮かべるエルドを見、ホムラとフランシスは目を合わせて苦笑い。
「既成事実ぅ!? ちょ、ちょっと待ってよエルド……――!?」
慌てて制止するアイラの言葉に少しも耳を貸さず、エルドは勇者固有の神聖魔法を使って羽を背中に生やし、その場でふわりと羽ばたいた。
光る翼で衆目をかっさらったエルドはホールの最奥、一段上がった玉座の真正面に、無駄な宙返りなど加えて優雅に着地――
「……父上。どうか私の勝手をお許しください」
跪いたエルドは、上目で父である国王のつぶらな瞳を捉えた。
「どしたの、エル君? うんうん、いいよいいよ。エル君のやることなら全部大賛成。好きにしていいからね」
既に国王は、勇者エルドに頭が上がらないらしい。
事前の相談も合意もなく、王子の睨み一つで許可が出た。セレニアル王国だけでなく、大陸の外国の要人が集う場でのエルド――救世の勇者で王太子――の発言が、軽いはずはないというのに。
わざとらしく大きく頷き、国王を背にして立ち上がったエルドは、女神に授かった聖剣を高らかに掲げ、神聖魔法でそれを輝かせた。
「勇者エルド……いや、名誉あるセレニアル王国の王太子、エルド・グレイン・セレニアルはここに宣言するッ――!!!!」
宮殿を埋め尽くしていたはずの喧噪はピタリと止み、衆目は段上のエルドに釘付けになった。この場に、エルドの「宣言」を聞き逃す者など、一人としていないだろう。
「ば、ばかエルド! こんなところで、まさか……――!」
優しく微笑むとエルドは、再び天使の羽を生やして悠然と歩み、アイラの正面に跪く。
そして、大きく息を吸い込んで、声を張り上げた。
「母神フィオーレの名の下に、我が盟友にして『風謳い』アイラ・アイザワ侯爵と婚姻を結ぶと――ッ!!」
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