電波塔

1-14 早朝

(嫌な夢を見た……)



 キューベがまだ寝ている天幕、額から流れ落ちる汗を拭いながらエルは起き上がった。


 昔の夢。忘れたくても忘れられない、忘れたくない、自分の根幹。あれがあったからこそ今の自分があり、そしてーー。

 せめてこんな日に見なければと、エルは呆れながら天幕から出る。


 外に出れば、霧が漂っていた。昼と夜の寒暖差から起きる現象。大爆撃地グレークではよく見たものだと、エルは見慣れた風景に心を段々と落ち着かせる。


 すると、霧の向こうから砂の踏み締める音が規則的に聞こえて来る。



「ふわあぁぁ……っと、エル坊じゃねぇか? どうだ調子は?」

「ぼちぼち」



 霧の向こうから、大欠伸をするフェイスが現れる。そんなテキトーそうなフェイスの質問にぶっきらぼうに応えると、フェイスは眉尻を吊り上げた。



「あぁん!? ぼちぼちだとぉ!? これから電波塔の攻略に行く奴の言葉とは思えねぇなぁ! おい! 男なら『最高だ!』ぐらい言うもんだぜぇ?」



 それなら自分は女だから良いだろうと、フェイスのダル絡みを流しながらもエルは嘆息する。

 そして、自分が女だという事にやっぱり気づいていないのに少し呆れていると、フェイスはエルの隣へと並び立ち、霧のなか空を仰いだ。



「それで? 本当に大丈夫なのかよ?」

「さぁ?」

「さぁ? って……まぁ、お前の実力は身を持って分かってるから心配はそうしてねぇけどよ」



 何処か呆れる様に肩をすくめるフェイスは懐から煙草を取り出すと、先端に火を付け、大きく煙を吸い込む。



「ふぅ〜……実力だけなら【英雄】にも引けを取らねぇと思うぜ。実力だけならな」



 何回も同じ言葉を続けるフェイスに、自分でも分かっていると言わんばかりに、エルは厳しくフェイスを睨みつけた。

 そんなエルの視線を受けつつ、フェイスはカラカラと笑う。



「一応褒めてはいるんだぜ? 【英雄】ファルファード……一度遠目で見た事があるが、バケモンだった。そんな奴と一緒にしてやってんだ! 有り難く思え!! ただ……エル坊はまだ神の賞品を持った奴等との戦いも多くねぇだろ? そこを補えばもっと上手くやれる筈だぜ?」



 その言葉にエルは少し動きを止める。

 フェイスの予想は当たっていた。今まで大爆撃地で戦った者には、誰1人神の賞品を持った者は居なかった。誰もが普通の兵士、神の賞品を持ったエルにとっては、勝って当然のような事ではある。


 それを見越しての発言。

 少し間を置いた後、エルはフェイスへと問い掛ける。



「………あの時の、アレは神の賞品で傷を治したのか?」

「あの時のアレ? あー、エル坊と戦った時の事か? それを言ってるなら、答えはYESだ」



 何を言ってるのか分からないが、会話の流れと自慢げなフェイスの表情にそうなのだろうと導く。


 戦った時の記憶では、確かにフェイスを戦闘不能にした。それなのに最後は背後を取られ、毒を盛られた。



「……そういう賞品もあるって事か」

「勉強になっただろ? あ、そう言えばエル坊は『代償』分かったのか?」



 エルはそれに首を横に振った。

 神の賞品の代償。代償を払わらなければ、その者は死に至ると言う。しかし、身体は何とも無く、何かをしたいという衝動にも駆られない。



「ふぅー……お嬢が何かを見逃す訳がねぇし……あんなに能力を使ったのに代償が無い訳ねぇ」



 フェイスは煙草を口に咥えながら顎に手を当て、唸り考える。



「もしかして……」

「何だ?」

「いや……何でもねぇ。それよりエル坊、そろそろ時間だぜ? 集合場所の第5部隊までそれなりに距離があるだろ? 早く行って準備でも手伝っておけ。俺はちょっくらお嬢に用事が出来たから、また出発の時にな」



 フェイスは片手を上げ、おちゃらけた様子でウインクをしながら去って行く。


 此処で会ったのは偶然だろうが、励ましにアドバイス。懐かしの霧の中という事もあって、短いながらも少し心が軽くなった気がする。


 しかし数メートル先も見えない霧の中……それはこれからの自分の未来を表しているようだった。

 此処に自分の本当の味方は居ない。取引をした相手は居るが、それは未だに手を取り合ったもののどちらに対しても利益を齎していない。


 本当にこれが平穏へと繋がっているのだろうか、これから人を殺しに行く事になるだろうに。



(……早く晴れろ)



 心の中、エルは1人でに呟く。

 それは霧の事を言っているのか、それともーー。



 ◇



 寝ぼけ眼を擦りながら自前の目覚まし時計を止めたキューベは、ベッドに寝転がりながらも反対側にいるであろうエルに目を向ける。


 これはエルの神の賞品による代償を調べる為の日課であった。



「居ない、か……」



 ハッキリと視界が開けて来て、一人ごちる。

 何も自分が起きるまでそこに居ろと命令している訳でもない為、こうなる事も想定済み。そのエルの行動を含めて観察するのがこれからに役に立つ……と、1人で少し寂しい思いをしながらベッドから起き上がる。



「よッ」

「…………居たのか」

「え、そんな露骨に嫌そうな顔する?」



 中央に置かれた椅子に、背もたれを抱きかかえた老兵は分かりやすく肩を落とす。



「で? 何で此処に? いつもならまだ女の隣に居るだろう?」

「まぁ、今日は出発日だからな。お見送りに来といた。エル坊とはさっきして来たからな」



 フェイスに言われ、そう言えば今日が出発日だったと思い出す。


 エルが此処に来て3日。クルーシュの手腕により電波塔攻略メンバーは早急に決まった。


 クルーシュ、ライム、ベドカ、ファイ。偶々にあの時部屋に居たメンバー。少数精鋭での攻略という事でメンバー決めは難航していたが、これが最善だった。



「お前がお見送り? 何の冗談だ? 私の機嫌を取るなら利益を出せ。以上だ」

「わーってる! だから来たんだよ……お嬢、まだエル坊の代償について見当ついてないよな?」

「……まだだ。アレほどの力なら直ぐに見つけられると思ったんだがな」



 代償は、その力の強さ・効果範囲によって決まる。エル程の能力なら普段の生活には関わりようのない、代償が設定されている筈。それなのに、未だに分かってない。


 何かを見逃しているのだろうか。



「神の賞品を持つ者は少ない。代償は、神の力を使った代わりに払われる。それが常識だ」

「……何か勘付いたのか? 言ってみろ」

「…… 俺がお嬢と別行動をしていた時の偶々の話なんだが、そいつは神の賞品を使に代償を払っていた」



 キューベは目を丸くした。

 つまり、それは代償には先払いが可能だという事を示していた。



「それは本当か? それならーー」



 ある事が、思い浮かぶ。

 出会った当初、不可解だと思った事が。ずっと引っかかっては居た。しかし、先払いが可能だとしたらーー。



「エルの代償は、ーーかーー」

「どっちにしろ、良いものではねぇよな」



 真正面からフェイスと視線を重ねた後に、またベッドへ倒れ寝転んだ。それを見たフェイスは頭を抱え込む様にして、ごわついた前髪を掻き上げる。



「はぁ、神様ってのは残酷だ。あんな子供にさえ、過酷な試練を与える」

「だからこそ面白いんじゃないか?」

「お嬢と普通の奴を一緒にすんじゃねぇよ」



 2人は笑い、キューベはベッドから立ち上がる。



「よし、代償の見当もついた。電波塔に行って来る」

「おぉ、無事に帰って来いよ〜」

「お前はお前で頼んだぞ」

「分かってるよ」



 サーナが置いたであろう洗面器の水を使い顔を洗い、湯気が立つティーカップに口をつけた。

 頭がスッキリしていく感覚、頭が回転して来る。そこである事が気になり、フェイスに問い掛ける。



「そう言えば……以前出会った、その神の賞品を持ってた者はどんな賞品を持ってたんだ?」

「まぁ………有り得ねぇ程の性欲魔女だったな。触れた相手を何が何でも絶頂させる賞品を持った奴だった」

「……今日は耳クソが溜まってるみたいだな。何を言ってるのか分からない。早く此処から出て貰えるか」



 不必要な情報を直ぐ様に削除すると、キューベは準備を進めるのだった。

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平穏なる世界を求めて。 ゆうらしあ @yuurasia

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