1-13 訓練
大聖堂から男に連れられ、エルは元の子供達の群れへと放り込まれた。場所は帝城の訓練場……とは程遠い、何も無い、小さく隔離された広場の様な場所だった。
「よお、何処行ってたんだ?」
「……別に」
兵士に押し込まれ膝を着くエルに、カリタが駆け寄る。
態々コイツに何かを言う必要はないだろうと、カリタが差し伸ばす手を押し退けて立ち上がる。
「よし……これで全員集まったな」
子供達を連れて来た兵士が周囲を確認し呟く。
此処に集まった子供達の数はおよそ100人程で、エル達が居た檻の中よりも多くの子供が集まっていた。
(他の所にも俺達みたいなのが居たのか……)
訝しげな視線を送りながら、周囲を改めて確認する。
先程の建物とは打って変わった砂埃が舞う固い地面、整備などされておらず所々雑草が生えている。
こんな所で何をさせるつもりなのかーー。
「お前ら集まれッ!!」
1人の兵士の掛け声に、エル達はゾロゾロと兵士の前に集まる。そして兵士は子供達を見渡した後、唐突に告げた。
「走れ」
呟きとも取れる声量、それに子供達が戸惑っているともう一度ーー。
「走れと言ってるのが分からないのかッ!!」
兵士は自らが持っていた拳銃の銃口を子供達へと向けた。そしてーー。
パァンッ。
発砲。
銃弾は、エルの隣に居た子供の額を撃ち抜いた。倒れ、鮮血と血生ぐさい臭い、子供の泣き声が、悲鳴が、空間を支配した。
「ーーそうか。こうやれば簡単だな」
子供達が逃げ惑う姿に、兵士は口を不気味に歪めた。
そして更に口を歪め、兵士は子供達へと発砲する。
「は、はははははッ!! 早く走れ!!」
この光景は、一生忘れる事は無いだろう。
逃げ惑う子供。それに兵士ともあろう者が楽しそうに銃口を向けている異常な光景。
(やっぱり、良い事なんて無かった……)
スラムよりも安全な暮らしが出来るかもしれない……そんな淡い期待など直ぐに消え去った。何なら、こちらの方が死ぬ確率は高かった。
エルは子供達と共に逃げ惑う。
次々と兵士の銃弾によ負傷者が出る中、兵士は叫んだ。
「お前らは戦場で怪我をしたらそのまま死ぬのか!! 早く立てッ!!」
そこでエルは気付く。これは訓練なのだと。
死者は最初の子供のみで、後は負傷者のみ。
ただスラムの子供達を駆除する為に連れて来られたのかと思いもしたが、これは戦場を加味しての訓練。
恐怖を煽り、精神的にもキツい中、どれだけのパフォーマンスを残す事が出来るかーー。
(結局こうなったし……キツ過ぎる!!)
心の中で悪態を吐きながら、何処かに逃げ場所は無いかと周囲を見渡す。
「は、はははッ! 俺はまだ死なねぇッ!! お前は俺の身代わりになれ!!」
「うぅ……」
すると1人の少年が、1人の少女を盾に高笑いしているのが見えた。
それにエルは何の行動を見せず、目を細める。
それも"選択肢の1つではある"。
他人を犠牲にして生き残る。それがスラムでは常識。傷つけ、蹴落とし、生き残る……そんな事をして生きて来た。
生き残らなければならなかったから。
今でも、死んでもいいと頭では思っている筈なのに。
何故か身体が生き残ろうと動いてしまう。
(……何で俺は、こんなに生きたいんだ?)
ーーそこでふと、疑問に思う。
自分には何もない、親も、友達も、この世を生きて行こうと思う希望さえも。
あるのは、今自分が着ているボロ布ぐらい。
それなのに、何故自分はここまでーー。
「エルッ!! 危ねぇッ!!」
「ッ!!」
その時、カリタの声が響き気付く。それにエルは咄嗟に身体を捻るものの、兵士からの罰により、身体が上手く動かずーー。
エルは、腕の辺りから響く衝撃に思わず息を呑んだ。
熱く、燃える様に、ドンドンと鈍痛が増して行く。
「ッ!!」
視線を横に移動させれば、そこには真っ赤になった肩。血管が多く密集しているのか、大量の血が溢れ出ていた。
エルは自分の腕を見て、俯いた。
「おいッ! 大丈夫かッ!?」
カリタは思う。
エルはまだ子供だ。檻の中で気丈に振る舞っていたとしても、今のこの現状。負傷の痛みから泣いてしまってもしょうがない。
しかしーー。
「ーーる……」
「え?」
俯くエルに、カリタは覗き込む様にしてエルの顔を伺った。
「生きる……生きる、生きる生きる生きるッ!!?!」
ーー驚愕する。
その目には、先程までの冷静さが一欠片も存在しなかった。生を欲している……渇望とも言える程の、その狂乱さが滲み出ている。
絶対に生きてみせると、そう自分に言い聞かせているかの様で、物語の中で出て来る……一種の『呪い』にでも掛かっているかの様で、カリタは狼狽えた。
「お、おい! 早く走らないとヤバいぞ!!」
気が動転しているのか、一点を見つめ腕を抑えているエルに、カリタは肩に手を置いて強く揺さぶる。
そうした所でようやくエルは意識を取り戻し、ハッとカリタに視線を向ける。
「お前は……」
「早くしろ! また撃たれるぞ!!」
カリタが腕を掴み、兵士から距離を取る様に走り出す。
頭を振り、エルはカリタから視線を横に移動させた。
太腿辺りを撃たれてもがき苦しむ少女が、盾のまま引き摺られている光景が目に映る。
(あぁ……アイツはこれからもずっとああして死んでるみたいに生きて行くんだ)
助かったとしても、これからもあの少年に奴隷の様に扱われる。最悪な道を辿っていく事になる。そう、生きて行く道を諦めたから。
可哀想だとは思う。だけど、助けてあげるにも何のメリットもない話だ……なら、何故コイツは自分を助けたのかと、エルは正面に視線を向ける。
「ハァッ! ハァッ!」
カリタは肩で大きく息をして、手を引っ張ってくれている。
エルはそんなカリタを不思議に思いながら、兵士からの銃撃から逃れる。
訓練が終わったのは、周囲に血溜まりが出来るくらいに皆が負傷した後だった。
「ーーよし。これで訓練は終了する。傷がある場所には此処にある包帯を巻いておけ。食料も置いておく」
兵士は明らかに人数分は無さそうな小さな袋を2つ足元に落とす。
「早い者勝ちだからな? ふふッ、こうすれば俺もいつか……」
その兵士ーー"エルドランド"は愉悦に口を歪めながら去って行った。
去ると同時に、各々がその袋に集まる。
「退けろよッ!!」
「グッ!!」
「邪魔だよ!!」
「うわあぁぁッ!?!?」
怪我をしているにも関わらず、相手を殴り、蹴りを入れ、押し退ける。自分が生きて行く為に、本当に最悪な光景が繰り広げられていた。
(無理に取りに行っても体力を使うだけ……此処で静かにしてよう)
兵士とは離れた所に位置してたエルは、最初から包帯や食料を取りに行くのは諦め、日陰となりそうな壁際へと座り込む。
肩の銃創は幸い弾が貫通している様で、自分の服を破り包帯代わりに巻こうとする。
「よっ、大丈夫か?」
そんな時、カリタが手を挙げて現れる。
カリタは上手く逃げ切れた様で、傷は1つもなかった。
「……何の用だ?」
「何の用って、助け合おうって言っただろ?」
「俺はお前の助けなんか要らない」
「さっき助けて貰ったのにか?」
ああ言えばこう言う……カリタのニヤニヤとした顔を横目に、エルは大きく溜息を吐く。
隣へと座り込むカリタに、エルは問い掛けた。
「さっき……何で俺を助けた?」
「何でって……別に人が苦しんでたら助けるだろ?」
その考えは、今まで生きて来たエルにとってはない考え。そこで、前から思っていた事をエルは呟いた。
「昨日から思ってたけど……お前、スラムの出じゃないだろ」
「あー……分かるか?」
「考え方とか、話し方とか……昨日の、スラムの事についての話とか……確信の持った話し方じゃなかった」
何か違和感はあった。『苦しい生活の中で、明日には死んでしまうような時もあるだろう』そんな想像の中での発言、スラムの人間が言う訳がない。
カリタは壁に深く寄り掛かり、空を見上げる様に顔を上げた。
「俺……学校に行ってたんだ」
「学校?」
「あぁ。俺と同い年の奴等と一緒に勉強する所……分かるか?」
「……知らない」
「多分だけど帝国以外にも、世界でも学校って所がある筈だぜ……そこってさ、高貴な連中が多いんだ。
「お前も高貴なのか?」
「俺は庶子……つまりは貴族と庶民の子供だったから情報も早く入って来て……スラムの子供達を全員兵士にするって聞いたんだ。貴族の奴等はマトモな所に配属されるって聞いた……だったらこっちは? って思って来てみたら……」
「この最悪な場所、か?」
「まぁな……」
言いたい事を終えたのか、カリタは大きく息を吐いた。
「……変な奴だな」
そんなカリタを見て呟く。
自分とは正反対な考えに、生活も違うと考えも変わるのだと理解する。
「別に、どう取ってくれて良い。俺はその考えが嫌だった。だから此処に来たってだけだ……嫌だったんだよ。何か、要らない人間を切り捨てる考え方みたいなの」
カリタはそっぽを向き、告げた。
これまで裏切ってきた様な奴等とは違う。そんな感じがして、嫌な気はしなかった。
だが、エル達は知らなかった。
これから起きる、生きる事を後悔する様な……偽りの平穏をーー。
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