1-12 相対

「出ろ」



 捕まった翌日、エル達は檻の中から出された。


 ジメジメとした石畳の階段を登り、兵士の後を追い、扉から出る。すると、そこは真っ白か建物の中だった。

 埃一つ無く、路地裏の様に糞尿で汚れもしていない、清潔感が溢れていた……いつも街中から見上げる帝城の中だった。



(これが……城の中……)



 呆然と周囲を確認する。

 幾つもの純白の柱が立ち並び、足下は大理石で出来たスベスベの床、その中で何人もの白髪で、真っ白な服を着た者達が歩いている。その者達の髪と服は同色にも関わらず、それぞれ瞳の色が違っている。


 ハッキリ言って、異様な光景が広がっていた。



「ついて来い」



 2人の兵に連れられ、エル達は廊下を進む。



(……逃げるなら今しかないんじゃないか?)



 エルは逃亡という選択肢を無くしてはいなかった。地下に居た時、カリタの言葉を考えてみたが、それは希望的観測でしかない考えたからだった。


 逃げた後は……また同じ生活に戻ってしまうかもしれない。それでも異様な城の中を見てしまうと、希望的観測の可能性が高くなっている様な気がしてならなかった。



(前と後ろに1人ずつか……)



 兵士の位置を確認し、エルは隙を伺う。

 自分達の服装・容姿は此処では異端だ。全ての人の服……髪でさえ真っ白で、子供なんてなれば直ぐに見つかってしまう事になるだろう。


 一瞬でも、コイツらの視線から離れる事が出来ればーー。



(っ、此処だッ!)



 先頭に居る兵士が通路を曲がり、直ぐ側に扉があるのが確認出来た。後ろを振り向けば、運良く兵士も子供の姿も、まだ見えない。


 エルは素早く音を立てない様に扉を開け、中へと入った。



「…………」



 扉の先で、他の者の足音が聞こえる。それがドンドン遠ざかって行くのを感じる。



「ーーをしてるッ!」

「ッ!!?」

「サッサと歩けッ!」



 直ぐ近く……扉の先で兵士の声が響き、変な汗がこめかみから流れ落ち……どうやらバレていない様だと、そこでエルはやっと安堵した。


 エルは止めていた呼吸を再開して、大きく息を吐く。そして、今自分が居る部屋を見渡した。



「………いかにも、金持ちがしそうな事だ」



 そこは講堂の様な場所だった。多くの長椅子が立ち並び、1番奥には教壇のような物がある。


 エルは教壇の一歩手前まで歩み寄る。

 見上げると、入って来た扉よりも数倍はデカいステンドグラス。幾つものガラスの小片が連なって出来たそれは、赤・緑・青……その他諸々の光を、講堂へと運んでいる。


 これを作るのに掛かった金額は、自分の食事代何日分だろうか。


 エルはステンドグラスを見て、綺麗などと言った感想を浮かばせる事無く、眉間に皺を寄せた。



(こんな事に金を使うなら、もっと……)



 苛立ちを覚え、エルは思わず目の前にある教壇に蹴りを入れる。


 その時だった。



「誰か居るのですか?」



 教壇の横にある扉の奥、そこから声が聞こえてエルは急いで長椅子の陰へと隠れる。



 タッ  タッ  タッ 。



 規則正しい革靴の様な音が空間に鳴り響く。



「……誰も居ない、か」



 エルは長椅子越しに、それを見た。


 新雪を彷彿とさせる服装、髪、眉毛、瞳、まつ毛でさえもが純白に包まれた女の子を。容姿は整っていて、ステンドグラスから差す後光も相まって、何かの物語のワンシーンの様。



「おい!!」



 一瞬の油断から、エルは背後から近づく男に首根っこを捕まえられ、持ち上げられる。



「お前、昨日集められた奴だな。こんな所で何してる?」

「……」

「チッ……申し訳ありません、『聖女』様。大聖堂にこんな見窄らしい者を……」



 何も反応を示さないエルに対して、男はエルを地面に押し付けて膝を床に着ける。そして少女へと頭を垂れた。

 エルは拘束される中、『聖女』という言葉に無理矢理に視線だけを上げた。



「……昨日集められた子ですか?」

「お前は、此処の王様だな」

「お前ッ!!」



 睨みつけるエルに、男はエルの顔をガンッと強く地面に叩きつける。



「"ファルファード"卿、良いのです。やめてあげて下さい」

「……はッ」



 ファルファードと呼ばれる、黒髪を短く切り揃えられた野性味溢れる男は、静かにまた頭を垂れる。

 そして逆に、エルの顔は聖女"マリア・ザ・マリア"に見えるように持ち上げられた。


 エルの鼻から赤い血が滴り落ちる中、神々しいとも言える、金眼・白眼の視線が交錯する。


 マリアはエルの目の前まで顔を近付けた。



「ーー綺麗な金眼ですね」

「ーーお前は不気味な眼だ」



 マリアの瞳は真っ白で光沢がなく、エルはマリアに対して暴言を吐く。



「ッ!!」

「ファルファード卿ッ!」



 エルの発言にファルファードは憤怒するが、マリアはそれを制止させる。そして、優しく微笑みを浮かべる。



「私の目は少し特殊でして……目があまり見えないんです。は見えるんですけどね」

「色々な、もの?」

「それは教えられません……貴方ともっと仲良くなれたら教えてあげますね」



 マリアは微笑みながら人差し指を唇に当てた。

 仲良くなったら、そんな事ある訳がない関係の筈なのにーーとエルは訝しげな視線を送る。



「ファルファード卿、その子を元の場所へと連れて行って下さい」

「ハッ……ですがお話があるので、別の者に頼んでも良いでしょうか?」

「許可します。ですが、乱暴はしないであげて下さい」

「何故ですか? コイツが此処に居るという事は逃げようとしていた証拠。増してや此処は大聖堂です。こんな小汚い者が入って良い訳がーー」

「だからこそですよ。歴代の聖女が此処で祈りを捧げて来ました……この子がこれも見たくなるのも分かると思いませんか?」



 マリアは後光が差すステンドグラスを見上げた。それにファルファードは納得がいってなさそうに眉間に皺を寄せグッと口を閉じる。



「……兵に伝えておきます」



 グッと力強く引っ張られ、エルは立ち上がる。マリアから離れ、扉の手前まで移動した所で、何処から来たのか分からない兵士に引き渡される。



「昨日、連れて来られた奴だ。元の場所に戻せ……マリア様からは丁重に扱う様に言われたが、それなりの『指導』は必要だ。頼んだぞ」

「ハッ!」



 ファルファードは最後の方は声量を小さくして、兵士に指示を出す。

 これだから大人は好きになれないのだ、と不満を露わにしつつエルは大きく舌打ちをした。



「随分元気な奴だ……抜かるなよ」

「はい……。ファルファード様、裏切り者達の件ですが……」

「あぁ、処分し終わったか。ご苦労だった」



 何の会話をしているか分からないまま、エルは兵士に連れて行かれた。

 服の上からは分からない様な打撃を受けながらーー。

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