かつての ☆

1-11 徴兵令

 【鉄壁の帝国】マリアが建国されたのは、およそ1000年前。

 ある1人の占い師の女性を中心にした村から成長し産まれた国であった。厳格な山々に囲まれ、人々との交流も少ないそこでは、何より役に立つ者が力を持った。



『明日には豪雨が来る。崖から離れた方が良い』



 力を追い求め、彼女は予言する。

 世迷言だと、村人は呆れて聞きもしなかったが……翌日には豪雨が降り、本当に崖が崩れ、何人もの犠牲者を出した。

 それからも彼女は占いを的中させ続けた。


 結果、彼女は村の代表となった。

 そして女性の子孫は同じ能力を手に入れ、多くの災難を予言し、多くの人を助けた。


 そして、未来を予知する女性……その子孫達は敬意を込めて『聖女マリア』と呼ばれる様になると、何処からとも無く人が集まった。


『聖女マリア』が創った【鉄壁の帝国】にはその身を案じ、彼女に頼ろうと、弱き者が集まった。


 それが『マリア絶対主義』の国の基盤となるーー。



 ◇



『これより帝国マリアは、パワルタへ迎撃体制を取る。それに伴い満16歳以上から30歳未満の者全てを対象に徴兵を行う。これは聖女様から予言だ。拒否権は無い』



 使徒が現れ、1年が経った頃ーー無謀にも告げられたラジオ放送は帝国へと響き渡り、当時まだ生きる為に盗みを覚え始めただけのエルには理解が追いつかなかった。


 思い出される記憶には親と呼ばれる者は存在せず、友も居らず、頼る人間も居ない。

 そんな路地裏で肩身を狭くした状況で突然始まった徴兵令。



「何だ……?」



 石畳の大通りを見れば、兵達が建物から男女関係なく、無理矢理に引き摺り出している。

 勿論、エルと少し歳上の……少年少女もーー。



(なんか、マズイ!)



 本能的にそれを理解し、エルは急いでその場を離れた。

 裸足で、身のままに駆けた。砂利やゴミで足が擦り切れても、構わずに。



 ただ、生き残る為に。



 死んでしまえたら……そんな風に思う事も何度もあった。



 だけど身体が勝手に生き残ろうと動くのだ。

 腹が減り、喉が渇くのだ。

 そして、心の奥底から沸々と湧き立って来るのだ。

 憎たらしくも瑞々しい生気がーー。



 だがエルも子供。そんな気持ちがあった所で、大人の力には敵わない。



「こっちにも居たぞ!!」

「っ!!」



 兵に呆気なく捕まったエルは、気を失うまで殴られた。






(……何だ此処)



 目を覚ました時には、自分はボロっちい牢屋の中に居た。

 湿った空気と汚物の臭気が鼻腔を抜け、周りには同じ様に薄汚れた子供達が顔を俯かせている。


 牢屋は狭く、隣に居る者とギリギリ肩が触れ合わない程の狭さ。

 移動し、鉄柵に触れてみれば立て付けが良くないのかガタガタと音を立てる。



(逃げ出せない事もない、か……)

「……お前、俺達が何で此処に連れてこられたか分かってるか?」



 鉄柵の状況を確認していたエルに、背後から茶髪をたなびかせた少年カリタが声を掛ける。

 エルよりは身長が高く、何個か歳上そうな雰囲気を醸し出している。


 そんなカリタに対して、エルはぶっきらぼうに答える。



「……まず、此処が何処なのかも知らない」

「あー……そうか、気絶してたもんな。此処は城の地下にある牢屋だ。もし逃げ出そうとしているなら諦めた方がだぞ?」



 エルのカリタの第一印象は『なんか難しい言葉を使う奴』だった。



「やってみなきゃ分からないだろ」

「ーーじゃあ、此処から出たとしてどうする? またスラム街に戻るか? 戻って見つかりでもしてみろ、今度は一生の眠りについちまうかもしれない」

「それは、そうかもしれない。だが此処で死を待つ事もないだろ」

「ん? あー……別に俺達は何か刑罰を受ける為に此処に来た訳じゃないぞ? 放送聞いてなかったのか?」

「聞いてたけど……意味が分からなかった」

「なるほど。じゃあ周りの奴等も意味も分からず連れて来られたからこんな状態なのか」



 カリタは顎に手を当ててブツブツ独り言を溢す。



「実はこれから……マリア帝国対パワルタ王国の戦争が始まるんだ。だから、戦力……兵士として俺達は集められたんだ」

「俺達が?」



 エルはそこでやっと今の状況を理解する。

 しかし『戦争』という単語は分からず、ただ兵士として集められたというのは理解出来た。



「……兵士になんて、なりたくない」



 エルにとって、兵士とは自分の生活を脅かす敵でしかなかった。孤児が兵に剣を抜かれ、殺されてしまった所も見た事がある。なりたい訳がない。


 エルは顔を顰める。

 カリタはそんなエルの様子を見て肩をすくめた。



「………まぁ、その気持ちも分かる。だけど考えようによっては飯は出るだろうし、寝る場所も安全だろ? スラム暮らしよりは何倍もマシに生活出来ると思うけどな」



『スラム暮らしよりもマシな生活』という言葉に、周囲に居る子供達は自然と顔を上げ始める。



「スラム暮らしじゃ、いつ死ぬか分からない。苦しい生活の中で、明日には死んでしまうような時もあるだろう。それなら、この"安全で平穏な生活"を少しでも堪能しようぜ?」



 平穏な生活。その言葉に周囲がざわつく。

 此処に居る者は『平穏』とは程遠い生活を送っている。



「平穏な暮らし……スラムと比べれば確かにーー」

「連れて来たからには簡単に死なせる事はーー」



 その言葉が、どれだけ聞き心地が良かった事か……子供達は表情を明るくし話し始める。



(そんな……都合のいい訳ない)



 そんな中エルは冷静だった。

 今まで1人で生活していたエルは、歳不相応に物事を客観的に見る事に長けていた……というより、人一倍疑り深く物事を考えるようにしていた。


 エル自身、赤黒い髪に見え隠れする綺麗な金眼が"商品"として価値がある為に、何度も奴隷商人に騙され、寸前の所で奇跡的に逃げ出せていた。


 信じていた者に裏切られるというのは、とても気持ちが悪かった。突然、信じていた者との距離が離れてしまう様な、崖へと落とされる様な、そんな感覚を覚える。


 その経験があるからこそ今まで生きて来た訳だが……今の状況を楽観的に捉える事は到底出来なかった。


 人は信じたいモノを信じたくなる。現実を見ないで、理想を夢見るものだと。

 そんな信条を胸に、エルは生きていた。



「俺はカリタ。お前の名前は?」

「……エル」

「そうか。エル、お前とは何となくだけど長い付き合いになりそうだ。折角だ、俺と手を組まないか?」

「手を組む?」

「そ、助け合った方が色々生きやすい事もあるだろ?」



 エルはカリタから差し伸ばされた手は取らず、壁際に座り込む。


 馴れ合いは、しなかった。

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