あなたの世界は私だけでいい

卵焼き

第1話 

小さい時に見た顔が忘れられない。

くるくるとしたパーマのかかった銀色の髪に、柘榴のように濃厚な紅色の瞳が、キラキラとこちらを見ている。

ほおを染めて愛らしい表情を浮かべる、この世の全てから愛されたような少年と出会った時、私は彼から呪いをかけられた。

幼き頃、この世の全ては自分のものだと、知らぬものはないと豪語していた彼。旁若無人ぶりに、子供だからとみなわがままの一つと扱って手のひらで転がしていた。

それが、いまや。


「ミスティ、これあげるよ」

彼から甘い匂いのする缶を手渡される。缶の放送を見ると、おそらく焼き菓子の入った箱だろうと考える。

しかし、これだけいただくのはなにぶん不審だ。

いったいどうしたのかといかける。

「ユーリ、あなたが買ってきてくれたの?」

「うん?もらったんだけど、まだ家に腐るほどあるから。ミスティ、甘いの好きだったでしょ?」


その言葉を聞いて、ちょっとがっかりする。

あ、誰かの貢物のお裾分けね、と。

ユーリは甘いものが好きなことで有名だ。だから、ごくたまに、こうやって食べきれないものをお裾分けいただくことがある。

まあ、私も甘いものが好きだからありがたく受けとるけれど、このお菓子を贈った女の子の気持ちを考えると複雑になるし、それをわたしに横流しする、女の子の気持ちを考えない無神経なユーリにもちょこっと、不満を感じなくもない。


そして、わたしも。

「恐らくユーリに好意的な感情を抱いている女の子からものをもらっている」「そんなこと気にせず(というより何も考えず)わたしに渡してしまう」という状況に、感情が爆発しそうである。


そう、このわたし、ミスティア・ローランは、幼き頃にユーリに一目惚れをした幼馴染だ。婚約とかそういう関係にはまだない。

まだないけれど、順当に行けば、婚約するんじゃないだろうか?とお互いの家族含め思っている。ユーリからもそういう話が出るくらいだ。

今、ユーリと私は6年生の学校に通っていて、ユーリは高等科の2年生、私は高等科の1年生だ。そろそろ、卒業した後のことも考え始めないといけない。

でも、なんとなく私はユーリとはずっと一緒にいるんだろうな、なんて思っていた。


だからこそ、わたしはユーリをずっと意識してしまうし、一挙一動全て何か意味があるのか考えてしまう。そのたびに、ただの幼馴染とか、気安い関係としか思われていない自分にがっかりする。

それでもいつか、ユーリがわたしの方を向いてくれたら嬉しいのに、なんて淡い期待をしながら、ユーリに声をかける。


「ね、このクッキーすごく美味しいって噂なの知ってた?!!気になってたからすごく嬉しい!せっかくだからユーリから先に一口食べてよ」


ちょうどお昼休み。ユーリとはお昼休みはいつも学校の庭園で食事をするルーチーンができている。どちらかが約束したわけではなく、自然とそうなっていた。

隣に座るユーリを見て、缶を開ける。中にはいろんな種類のクッキーが整然と並んでいて、見た目だけでもわくわくしてしまう。その中から、オーソドックスな色味と形をしたクッキーをユーリに差し出した。

わたしがもらわなきゃこのクッキーは別の人のところに行くかすてられちゃうかも、と思うと、こっそりいただいてしまってもいいんでは、と浅ましい気持ちが出てくる。ただ、それでももらった人が最初に口をつけるべきだと思った。

苦笑いして「そんなに甘いもの好きじゃないんだけど」と言いながら、ユーリも一口で頬張った。「あ、たしかに、サクサクだけどバターの味がきいてて美味しいね」「そうでしょ!」と返す。

わたしはこの焼き菓子を大事に食べようと大事に缶の蓋を、しめた。

その時、


「ああ、そういえばミスティに話さなきゃいけないことがあるんだ」


ユーリから話題を振られ、特に何も心当たりがなかったので少しだけドキッとする。

あまりユーリからわたしに話を振ることはない。なので、ちょっと緊張するが、普段通りの自分で返す。


「なに、どうしたの?」

「今度、転校生が来るらしくて。案内役を任されたからしばらく一緒にご飯とか、できないかも。」


えっ、とびっくりした。そして、ユーリを取られてしまうことに、少し嫉妬のような、嫌な気持ちになってしまう。


「そうなの?そしたら、しばらくこういう風に二人で会うのも難しそう?」

「うーん、多分。彼女、平民の中で育てられた人らしい。色々つきっきりで教えなきゃ行けないかもって言われてる。」

「え、女の子…?」


自分の中で「嫌だな」という黒い感情がぐるぐる湧き出してくるのがわかる。

しょうがない。ユーリは成績優秀で、学年で優秀な生徒に任命される、監督生を任されてる。

ただ、女の子っていうのが少しひっかかった。普通、転校生や学校に馴染めない子がいても、同性が対応するのが通常だ。ユーリの他にも女の子の監督生はいるはず…というところで、そのもう一人の監督生が別の手のかかる子の対応を任されていたことを思い出した。


「え、何か気になることがあった?」


ユーリが体を寄せて、こちらの顔を覗き込む。

あの頃綺麗だな、と思ったらキラキラとした柘榴色の目に見抜かれ、少し気恥ずかしくなり目を逸らす。


「う、ううん…、寂しくなるなあと思って」


これは本音だ。友愛だけじゃない、他にもユーリに対する感情も含んでいるけれど。

ちょっとは寂しがっている自分に何か思ってくれないかな、と少し期待する。

けれど、


「学校から言われてるからしょうがないよ。それよりミスティ、ずっと僕といるから他に友達いやいでしょ?この機会にさ、他の人と仲良くなりなよ。それにさ、ミスティにはいい人とかさ、いないでしょ?」


・・・・え?

その言葉を聞いた時、一瞬頭が真っ白になった。

ユーリはわたしに、他の人との出会いを期待しているのか、と気づいたとともに、やんわりと、自分がユーリから恋愛対象として扱われていない現実を知らされる。

そして、そのことに何も言い返せない自分がいることにも。


「あ、ああ、うん、そうかも、うん、そうだね…」

「ミスティもこれから、いろんな人とのお付き合いがあるでしょ。いつまでも僕に頼ってないで、まずは誰か一人と仲良くなってみなよ。外の世界を知ろう、ミスティア」


あっ、と思ってユーリを見る。

ユーリの顔は、いつものユーリと違って真剣な顔だった。

その顔を見て、さっきのユーリの言葉を思い出し、頭がまた真っ白に、そして全身の血の気がひくのを感じる。


私はずっと、ユーリのことが好きだから、一緒にいたかったから、一緒にいた。

でもそれは、とても幼稚なことで、ユーリからは心配されていた、ユーリには望まれていなかった…?


その事実に気づく、気づくけれど、そこでうまく言葉を返せるほど、大人じゃない。

それでも、


「うん、うん…そうだね、たしかに、ユーリに甘えっぱなしだったかも」


そう返してユーリの顔を見ると、明らかに安心した顔をしているのが見えた。

はっと、頭が思考を取り戻し、つま先から全身の感覚が戻ってくる。

その顔は、さっき私が考えていたことの裏付けになる証拠だ。


冷たい秋風が、柔らかく吹いている。

なんとなく、もう子供同士ではいられなくなる予感がした。

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