めがねよめがね
楸 茉夕
めがねよめがね
さっきからちらちらとこちらを見ていた後輩が、意を決した様子で顔を上げた。
「何睨んでんすか」
「……睨んでなんかないけど」
とんだ言いがかりだ。言い返せば、後輩は嘘を言うなとばかりに顔を顰める。
「鏡見てきたらどうです?」
「睨んでなんかないって……ああ、見えないんだよ。眼鏡がなくて」
眼鏡を忘れて、見えづらい。自然、目を眇めることになり、それが後輩には睨んでいるように見えたらしい。それを説明しても、後輩の愁眉は開かない。
「コンタクトにしたらいいんじゃないっすか?」
「やだね。目医者に眼鏡かけてる人が多いじゃん。てことはだよ、コンタクトは信用できないってことだよ」
「ふーん」
「訊いといて何その気のない返事」
「俺、目もいいんで」
目も、ときたよ。これだから自分の顔の良さを自覚してる
「……なんでおまえ弱小ミス研にいんの?」
「なんですか藪から棒に。ミステリが好きだからに決まってるじゃないですか」
「もっと陽キャが集うサークルに行けばいいのに。フットサル部とか」
「あれは陽キャ気取りの集まりっすよ」
「気取りって。おまえは今フットサル部の全員を敵に回したぞ」
モデルや俳優もかくやという見た目のせいで、世の男どものやっかみを死ぬほど受けてきたらしい後輩は、群れるとイキりだす奴らに辛辣だ。まあ俺もイキリは好きじゃないけど。と言うか嫌いだけど。一人で行動せえ。つるまないとトイレにも行けないのか。
「眼鏡とってきたらいいんじゃないっすか」
「家に置いてきたんだって」
「常々、眼鏡は眼球って言ってたのに? 先輩、眼球を置き忘れられるんですね」
「言葉の文だっつの。何、今日はやけに絡むな」
「別に。いつもと同じっすよ」
「そうかぁ? ……んんー?」
俺は目を眇めて後輩に顔を近づけた。―――見えないのだからしかたがない。後輩は嫌そうに身体を引く。
「なんすか急に」
「おまえ、熱あるだろ」
「そんなわけ……ちょっと」
嫌がるのに構わず後輩の額に触れると、尋常ではない熱が伝わってきた。
「熱い! 具合が悪いと不機嫌になるって、子どもか!」
後輩はうるさそうに俺の手を払った。
「気のせいですって。眼鏡ないからそう見えるだけでしょ」
「触覚に眼鏡は関係ねーわ。帰って寝ろ。俺も帰る。今日は解散」
そもそも今日は俺と後輩しかいない。俺は一方的に宣言して後輩を部室から追い出した。
「眼鏡なくて帰れるんですか? 送って行きましょうか」
「本末転倒って知ってるか? 行き来くらいは大丈夫だっての。ほら、帰れ帰れ。むしろ俺が送って行こうか」
「……先輩、眼鏡ないんでしょ。俺送ってる場合じゃないでしょ」
「眼鏡あったらいいような口ぶりだな。なんでだよ」
「なんか……フェアじゃないと思うんで」
「はあ?」
「わかりました、帰ります。それじゃ」
放り投げるように言って後輩は踵を返した。……よくわからない後輩だが、最近とみに理解しがたい。明日は眼鏡を忘れないようにしよう。
了
めがねよめがね 楸 茉夕 @nell_nell
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