めがねよめがね

楸 茉夕

めがねよめがね

 さっきからちらちらとこちらを見ていた後輩が、意を決した様子で顔を上げた。

「何睨んでんすか」

「……睨んでなんかないけど」

 とんだ言いがかりだ。言い返せば、後輩は嘘を言うなとばかりに顔を顰める。

「鏡見てきたらどうです?」

「睨んでなんかないって……ああ、見えないんだよ。眼鏡がなくて」

 眼鏡を忘れて、見えづらい。自然、目を眇めることになり、それが後輩には睨んでいるように見えたらしい。それを説明しても、後輩の愁眉は開かない。

「コンタクトにしたらいいんじゃないっすか?」

「やだね。目医者に眼鏡かけてる人が多いじゃん。てことはだよ、コンタクトは信用できないってことだよ」

「ふーん」

「訊いといて何その気のない返事」

「俺、目もいいんで」

 目、ときたよ。これだから自分の顔の良さを自覚してるやからはよ。ついでにスタイルもいいしな。身長一八八センチらしいけど、股下は二メートルあるもんな。殴りたい。

「……なんでおまえ弱小ミス研にいんの?」

「なんですか藪から棒に。ミステリが好きだからに決まってるじゃないですか」

「もっと陽キャが集うサークルに行けばいいのに。フットサル部とか」

「あれは陽キャ気取りの集まりっすよ」

「気取りって。おまえは今フットサル部の全員を敵に回したぞ」

 モデルや俳優もかくやという見た目のせいで、世の男どものやっかみを死ぬほど受けてきたらしい後輩は、群れるとイキりだす奴らに辛辣だ。まあ俺もイキリは好きじゃないけど。と言うか嫌いだけど。一人で行動せえ。つるまないとトイレにも行けないのか。

「眼鏡とってきたらいいんじゃないっすか」

「家に置いてきたんだって」

「常々、眼鏡は眼球って言ってたのに? 先輩、眼球を置き忘れられるんですね」

「言葉の文だっつの。何、今日はやけに絡むな」

「別に。いつもと同じっすよ」

「そうかぁ? ……んんー?」

 俺は目を眇めて後輩に顔を近づけた。―――見えないのだからしかたがない。後輩は嫌そうに身体を引く。

「なんすか急に」

「おまえ、熱あるだろ」

「そんなわけ……ちょっと」

 嫌がるのに構わず後輩の額に触れると、尋常ではない熱が伝わってきた。

「熱い! 具合が悪いと不機嫌になるって、子どもか!」

 後輩はうるさそうに俺の手を払った。

「気のせいですって。眼鏡ないからそう見えるだけでしょ」

「触覚に眼鏡は関係ねーわ。帰って寝ろ。俺も帰る。今日は解散」

 そもそも今日は俺と後輩しかいない。俺は一方的に宣言して後輩を部室から追い出した。

「眼鏡なくて帰れるんですか? 送って行きましょうか」

「本末転倒って知ってるか? 行き来くらいは大丈夫だっての。ほら、帰れ帰れ。むしろ俺が送って行こうか」

「……先輩、眼鏡ないんでしょ。俺送ってる場合じゃないでしょ」

「眼鏡あったらいいような口ぶりだな。なんでだよ」

「なんか……フェアじゃないと思うんで」

「はあ?」

「わかりました、帰ります。それじゃ」

 放り投げるように言って後輩は踵を返した。……よくわからない後輩だが、最近とみに理解しがたい。明日は眼鏡を忘れないようにしよう。



 了

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めがねよめがね 楸 茉夕 @nell_nell

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