エピローグ 忘れられ師

 大気たいきを震わせる重低音。淡々とした歌声は、わかる人にはわかる般若心経はんにゃしんぎょう

 菩伴ぼはんたちがアイを探して街を駆けまわった日の、知られざる物語忘れられていた方々の話

 悦明寺えつめいでらの住職、丹英和尚たんえいおしょうは愛車をブイブイいわせ、街を走っていた。


「はっはっは。菩伴の奴め、ちゃんとうまくアイちゃんを見つけられただろうな」


 ハンドルを握る住職のとなりでは、妻の道子みちこがくすりと笑う。


「早めに帰っていてよかったわねぇ。風鶯ふおうさんから話を聞いたときは驚いたけど。アイちゃんのためなら動くわよ」


「あの子が親に言えないようなこと、するとは思えん。彼氏かなんかだろう。はっは、菩伴はフラれるかな」


「そうなったら、ショックでまた不具合が起きるかもしれないわねぇ」


「うむ、まったく奇妙なことよ。わしの言いつけ通りに行動していた菩伴が、檀家だんかさんを置き去りに寺を飛び出したときには驚いたもんだ。

 以前の、自分はプログラムだと割り切っている言動に、菩伴という〝〟はなかった。ある意味、何にもとらわれるもののない〝くう〟の境地に近かったと言えるな。

 だがそれが、あのアイちゃんと接するうちに変わってきおった。らぎがでてきた。これは、と面白く感じたもんだ」


「ハレンチ絵に興味を示すという前兆はあったけどねぇ」


「あれは原因不明だな。なにか悪いデータでも拾ってバグったのか、わからん」


「でも、あえて意地悪するのはちょっと大変だわ。もう、ロボットと思えないもの」


「廃棄処理をちらつかせたり、な。生への執着や、アイちゃんのことを隠そうとつく小さな嘘。それらのような人間らしい苦しみを与えてみたかった。それを知って、再び〝空〟の境地に達することができたのなら、本物だ。

 悦明寺を任せられるかは、奴次第よ。わっはっは」


「うふふ、意地悪ねぇ」


「そういえば、風鶯くんと一緒にいたギャルっ子も、なかなかよかったな」


「ちょっと! そんなに若い子がいいの?」


「いやいや! 彼女、みちゅこちゃんの若い頃の雰囲気に似ていて。青春を思い出したんじゃよぉ」


「んもう。嫉妬させないで、英たんのバカ」


「わっはっは! よぉし、今日はこのまま、横浜までドライブデートといこうか!」


「うふふ、いいわね。連れてって」


 こうして赤いスポーツカーは、桜舞う東京の街を突き抜けていくのであった。



              

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AI坊主とギャルのご縁~煩悩によるエラーが生じました~ やなぎ まんてん @hishiike

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