3話 白の中のバトロワ(1)

地球 CY01-8931/西暦 1930年 



 レジーナが目をあける。


 霞みがかった頭を左右に振ると、あたりは薄暗く一面を覆った白が目に入る。その白は、上下左右あらゆる方向から容赦なく襲い来る。じわじわと寒さを感じ、自分が雪の上に寝っ転がっていることに気づいた。その頃には、降り積もった雪で体が半分埋まってしまっていた。


 しかし、レジーナは慌てない。落ち着いて雪の中から体を起こすと、そう言えばと、隣に目を向ける。


 そこには、同じように雪に埋もれるティムがいた。もちろん、いや、おそらくティムだ。なぜ、断定できないかというと、隣の人物は重ね着のせいか、着膨れがすごくお相撲さんかというぐらい大きく、顔もゴーグルやら、ネックウォーマーやらで覆われていて判別できないからである。


 とりあえずお腹部分や顔当たりをバチンバチンと叩き、それから脇を抱えて、雪の中から引きずり出した。


 ズモッ


 巨体が引き抜かれると同時に、ティムが目をあけて叫んだ。


「うわあ!白!寒!」


 状況把握のため、キョロキョロ周りを見渡し、後ろにいるレジーナを見た。レジーナを頭からつま先までゆっくりと舐めるように見ると、ギャー!と大声をあげた。


「ちょっと!きみ何て格好してるの!?さ、寒くないの!?」


「寒いけど大丈夫」

 

 ティムが驚くのも無理はない。レジーナの格好は、完全防備のティムとは相反し、タンクトップにハーフパンツという真夏の装いなのだ。さらに、驚きなのは、そんな状態にも関わらずレジーナ本人は全く気にする様子がなく、季節の変わり目に、日中暑いけど朝晩は少し冷えるよねって雑談をするくらいのテンションなのだ。

 

「そんなに薄着じゃ、死んじゃうよ!僕の貸してあげるから」


「いい。大丈夫だから」


「いいわけないじゃん!」


 ティムは1番上のコートを脱ぎ、レジーナに押し付けるが、レジーナも頑なに受け取らない。押し問答が、だんだんとヒートアップしてきた頃、遠くで男の声がする。


「おーい!そこに誰かいるのか?何してんだ」


 男は吹雪の中をゆっくりと歩いてくる。見知らぬ人間が近づいてくることに、二人は警戒し動きを止める。


 ようやく男の姿が見えた。縦にも横にも、かなり恰幅のいい男だ。男も二人の姿が見えたのか、大変動揺した様子で足を速めた。そして、二人の近くまで来ると、勢いよくティムに掴み掛かった。


「お、お前最低だな!こんな寒い中服を脱がせるとは何事だ!」


「うええ?あ、いや。違いますよ!誤解です!」


 ティムは、体を揺さぶられながらも手で押しのけるように抵抗するがびくともしない。レジーナはそっとため息をつき、争う二人に近づいた。それから、大男の腕に手をそっと置いて動きを制す。


「やめてください。わたしが悪いんです。弟は体が弱いので、風邪をひかないように温めようよと私の服も無理やり渡したんです」


 大きく潤ませた目で、声を振るわせる。弟を心配する姉に擬態したレジーナは続けて言った。


「最後の家族だから、もしものことがあったらって、不安だったんです。でも、この子は心優しいから、わたしに服を返すと行ってきたんです。お互いを思いやるあまり喧嘩になってしまって…」


 レジーナの話を聞いて、大男は決まりが悪そうに手を離す。一方、ティムもこいつ中々演技派だな、なんて感心してしまい間抜けな顔をしていた。まあ、その顔は覆われているので、誰にも見えていないのだけれど。


 それから、ぱちっと切り替えティムも鼻を大きくすすり声を振るわせる。


「…ね、ねえちゃぁあん」


 本物の弟であるかの如くレジーナに抱きついた。それに応えるように、レジーナも手を伸ばす。ガッチリと感動のハグを交わしたところで、二人は、お互いにお互いを小賢しいなと思った。


 この茶番を見ていた大男も涙を堪えるような仕草をし、自分の勘違いだったと謝罪をしてきた。そして、レジーナに自分の服を分けてやった。さらには、彼が使っている基地に案内してくれると言う。


 レジーナは、服を受け取りつつも、本当にいらないのにと思ったが、演技の手前断れず、大人しく男の服を着た。それから、二人は大男の後をついて歩き出した。こそこそとティムが、レジーナに耳打ちする。


「このまま、ついて行っていいのかな?危なくない?これって、映画とか小説とかに出てくるバッドなシチュエーションあるあるじゃない?」


「大丈夫」


「もう、君はいつもそればっかりだ。大丈夫、大丈夫って何が大丈夫なんだよ」


 レジーナの返答に不満たらたら。しばらく歩くと、大男がお前たちはどこから来たのかと尋ねるので、レジーナが、西の方から来たと答えた。それを聞いて、そうかとこぼすと、雪の中に手を入れ、蓋のようなものを上に引き開けた。


「さあ、ここが俺たちの基地さ。入っていいぞ」


 下を覗くと、大きな穴が空いていた。掛かっていた梯子をつたい降りると、そこには焚き火を囲む七人の男たちがいた。中は広く温かいが、これと言ったものはない。布団がちらほら散らばっているぐらいだった。


 大男が扉を閉めて降りると彼らに経緯を説明した。大男の話を聞くと、他の男たちもすぐに暖かく迎えてくれた。


 レジーナが軽く挨拶をするのに続き、ティムも、顔を覆っていたアイテムたちを取り払い挨拶をした。


「え!!」


 レジーナは、ティムの顔を見てあまりの衝撃に声をあげてしまった。いったいどうしたんだと、男たちはレジーナの様子を不思議そうに見る


「あ、急に大きな声を出してすみません。弟は体が弱いので、顔があまりにも赤くて心配になっちゃって…」


「ねえちゃんは心配性だな!でも、心配してくれてありがとう」


 フォローに入ったティムだけに向けて、怒ったチワワの形相をする。彼女が驚くのは無理も無い。なぜなら、ティムだと思っていた人物が全く別人の顔をしていたのだから。褐色の肌をしていたティムだが、今ここにいる人物はたいへん色白で、瞳も色素の薄い青色をしていた。おまけに髪型までもが違う。後ろに撫でつけられていた黒髪は、影も形も見当たらないスキンヘッドになっていた。


 「後で説明するけど、僕はティムだよ。安心して」


 ティムが小声で告げるが、レジーナは、この男を信用していいのか、あまりのことに動悸が止まらない。それでも、男たちに座るように促され、一旦落ち着きを取り戻し、焚き火の前に腰をおろした。

 

 続いて男たちは、温かい飲み物を勧めてくれた。二人はありがたく頂いた。それを見る16個の血走った目…。ティムの予想は大当たりだった。飲み物を口にした二人は、あっという間に気を失った。





 ポタポタ


 水が雫となり落下する音が聞こえて、レジーナは目をあけた。二人は手足を縛られ檻に入れられていた。周りは暗いので特に見えるものは無かった。


「やっぱり怪しいと思ったんだよな」


 いつの間にか、目を覚ましたティムが愚痴を吐く。レジーナにとっては、そんなことよりだった。レジーナの視線を感じ説明するよと口をひらく。


「タイムトラベルをすると、飛んだ先の世界に合わせて姿形が変わっちゃうんだ。今どんな顔になってる?」


 彼は、タイムトラベルをするたびに勝手に容姿が変わる。その理由は、飛んだ先でトラブルに巻き込まれることがないように、その世界で生き抜くのに最も適した容姿になるんだと言う。そのため、彼は、自分自身の生まれ持った本当の顔を知らないのだとか。


「てか、君のせいでこんなところに来ちゃったじゃないか!」


 続けて思い出したかのようにプリプリとティムが怒り出す。こちらの理由はと言うと、タイムトラベルはティムの意思と関係なく起こるので、いつどこに飛ぶのかなど、彼には制御のしようがないのだが、ひとつだけ例外がある。それは、命の危機が訪れると、本来予定されているであろう時間を過ごしきらなくても、瞬時にタイムトラベルが発動すると言うものだ。


 そのため、本来ならレジーナの世界が、地割れに飲み込まれる様子を見届けてからタイムトラベルが発動するはずだったが、レジーナがナイフを押し当てたせいで、終焉よりも一足早く、事が起こってしまった。


「まあ、だからもうあんなことしないでね?」


「あんた次第」


「えー、横暴だな…」


 お互いに納得できないと、唇を突き出し肩をすくめる。本来なら檻に入れられたことに慌て脱出方法を探さなければいけないところを、“怒ったから口聞きたくないもん!ふんっ!!ムーブ”をかまして、ただひたすら静かに過ごした。それには、それだけの余裕と理由があったとわかるのは、また次回。



つづく


_________


読んでいただきありがとうございます!

誤字や変な所があったら是非ご一報ください


場面展開するのに、すぐ気絶させるなって思った方、正解です。

自分でも、また「目を開ける」って書いたよ!他にいい方法はないのか!と思ってます。頑張ります。引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです^^

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