2話 タイムトラベラー


「ところで、僕のバッグを見ませんでした?」


 微妙な空気に耐えかね、ティムが口をひらいた。


 レジーナはゆっくり頷き、ヘーゼルナッツ色の麻で出来た斜めがけバッグを掴み渡した。


 バッグを受け取ると、中から蓋付きのコンパスのようなものを取り出し、分厚い本にペンを走らせた。体はいまだにタンスに括り付けられたままなので、書きづらそうだった。しかし、レジーナは目もくれず、スーツを脱ぎ、とって来た虫を剥いて食べ始めた。


 ぐうぅぅぅぅ。


 ティムの腹が鳴る。てへっと可愛く笑い、媚びた顔でレジーナを見上げる。殻にまでかぶり付いて顔をベトベトにしたレジーナと目が合うが、彼女は表情を変えずに、見せつけるように食べ続ける。


「僕も食べたいな…」


「ムシャムシャ」


「僕にもください…。お腹も喉もカラカラなんです」


「ムシャムシャムシャ」


「…お願いします。何でもしますから!」


「ムシャ。本当に、何でもするならいいよ」


 レジーナは、ベトベトの顔と手を拭くと、ティムとタンスを繋ぐロープを解いて、自分の前の席に座るように言った。あとは、足だけ。足にはロープが残っているので、彼はしきりにジャンプをして進んだ。ハアハア言いながら椅子に座ると、遠慮なしに食べ始めた。


「うま!うま!何ですかこれ?今まで食べた虫で一番うまい!」


 勢いで唾を撒き散らしながら話すティムの顔をタオルで抑えると、レジーナは心底嫌そうな顔で、


「知らない。虫って呼んでる」


とだけ答えた。


「なるほど。なるほど。メモメモ。あ!あそこにある本をとってもらえませんか?」


 ティムは、詰め込みすぎて頬をリスのように膨らませて、濡れた瞳を作り甘えた声で乞う。レジーナは、それを見て、こいつは、こんなクソみたいなぶりっこが許される環境で生きてきたのか、なんてイージーなんだ。と腹の底で悪態をついたが、言う通りに分厚い本を取りにいってやった。


 ティムは、本を受け取ると、サラサラとメモを取り始めた。それからすぐに、順調に動いていたペンを止めて質問をした。


「あの、ここって何て場所ですか?国名とか地名とか」


「国名?特にないよ。場所的には、西のはずれって呼ばれてる」


 レジーナはどうでも良さげに、でもはるか昔はチャイナって呼ばれてたらしいよと続け、文明の崩壊から現在までの成り立ちを簡単に説明してあげた。ティムは、興味深そうに話を聞き、内容を書き取っていく。



 ごごごごごおぉ。


 突然、地面が揺れ何かが裂ける音がした。レジーナは、慌ててプロジェクターをつける。壁一面に映し出された映像の中では、人型ロボットが冷静に状況を伝えていた。ロボットの後ろにあるいくつかのモニターには、あちらこちらで出来た大きく裂けた地面が映っていた。中には、裂け目に落ちて挟まってしまったハウスの画もあった。


「なにこれ…。ついに終焉…」


 あまりの環境の悪さに、いつかは終わるだろうと薄々勘付いていたが、まさか今日とは思わなかったと、動揺するレジーナに対して、やけに落ち着いたティム。変わらずメモを取り続け、本から視線を離さずに口をひらく。


「まだ大丈夫だよ。終焉は3日後みたいだよ」


「…何でそんなことがわかるの?」

 

 ティムはコンパスを開いて、訝しむレジーナに向けた。


「ここ見て。数字が書いてあるでしょ。これが、この世界の残り時間」


「は?何の冗談?」


 理解ができないと苛ついたレジーナに、ティムは肩をすくめる。それから、どこまで言えるかなと、困ったように人差し指で頬をポリポリと掻いて言う。


「君は、タイムトラベルって信じる?」


もったいぶったティムの言葉に、レジーナはより一層苛立ちを隠せなくなる。


「この世界って映画とかドラマとかある?あれば話が早いんだけどな」


「一応、すっごい昔のやつが見られるけど…」


 ティムは、返事を聞くと、バック・トゥ・ザ・フューチャーやマーベルヒーローシリーズを思い浮かべるようにと言い詳細を話し始めた。


 話をまとめると、彼はタイムトラベラーで過去や未来を順不当に飛び回っているらしい。さらに、時間だけでなく、並行的に存在する別の世界にも行き来ができると言う。宇宙には、似た世界や全く異なる性質の世界など、お互いに干渉できない領域に無数に存在していて、彼女が住む地球は、ティムにとって1280個目の地球だという。


「それで、僕は世界を救わなきゃいけないらしいんだけど、それをできるような力も知恵もないからとりあえず、この本に書けることは全てメモして、崩壊していく様を見届けてるんだ」



 『時間を戻して滅亡を阻止せよ

  地球 HB1-01 西暦 29XX…』



 と書いてあるページを開き、レジーナに向ける。西暦部分が破れて正確な年数がわからなくなっている。また、隣のページも破り取られた跡があった。


 レジーナは、あまりの突拍子もない話に、眉をきつく寄せ指の第二関節でこめかみをぐりぐりと押さえ込んでいた。


「それで、急にあんな所に落ちて来たのも、ここが終わる姿を見届けるためにタイムトラベルして来たからってこと?」


「そういうこと」


 レジーナは、何か考え込むようにティムの目を見つめ黙り込んだ。二人の後ろでは、ロボットキャスターが、地割れが断続的に起き、さらに規模が広がっているため家から出ないようにと呼びかけている。そして、外では警報がけたたましく鳴り響く。


「…ねえ。わたしも連れてって」


「え?」


「さっき何でもするって言ったよね。だから、わたしもタイムトラベルに連れてって」


「でも…」


 レジーナの言葉に狼狽えるティム。いままで、誰にもこの話をしたことがなかったし、ましてや、誰かと飛ぶなんて考えたこともなかった。そもそも、自分以外の人間を連れていくことなんてできるのかもわからない。


「うーん、安全性とかわからないから難しいと思う…」


「別にいいよ。どうせここにいても3日後には死ぬんだし。同じ死ぬなら、ダメもとでもやってみたほうがいい」


「えー、でも世界的になんか問題起きても困るし…」


 バタフライエフェクト的なと、ごね続けるティムを見て、レジーナは顔を下に向けて何度か頷くような動作を見せる。そして、突然ティムに掴み掛かった。手にはナイフが握られており、刃先を首に押し付けた。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ。危ない」


「何でもするって、言ったじゃん。わたしの善意を無駄にしないで」


 レジーナは、より一層ナイフに力を込める。


「早く離してよ。…いや、本当にまずいな…」


 ナイフから離れようとモゾモゾもがいていたティムの体が光り出した。レジーナが反応する前に、部屋全体にまで光が広がり二人を飲み込んだ。光が、すっと引くと、そこに二人の姿はなかった。


 部屋には、食べかけの虫と、解かれたロープが残され、映像の中でロボットが自宅待機を呼びかけ続けている。


 



つづく


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(ティム's メモ)

 国からは食料の配給があるが、レジーナという少女は、人より大食いのため、外に出て虫を取るという。さらに、一日に60匹は食べるって!びっくり!!食文化は、貪欲な人間によむて発展させられるんだな。

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