1話 ガールミーツボーイ?

地球 EJ34-4809/西暦 6506年



 雲一つない青空。その蒼穹から太陽がジリジリと熱を注ぎ、ありとあらゆるものを焼き尽していた。地面はひび割れ、くすんだ茶色の景色が見渡す限りに広がっている。汗は体から放出されるその一瞬で蒸発してしまう。あまりの地獄に、人間が家の外に出て活動することは難しい。


 ところが、少女が1人、ひび割れた地面に棒をさし、ほじくり返してまわっている。彼女は、全身を白い断熱スーツで覆っていた。このスーツで活動できるのは、最長30分。今は、この短い時間を使い食料を探している。


 この食料というのは、灼熱に適応し進化した虫で、身を硬い殻で覆っている。見た目は、厚めのオブラートで何重にも包んで言えば、シャコ。がっちり目を見開けば、ゴキブリのようだった。大きさも大人の手のひら程もある。


しかし、殻を剥けば、ライチのように白くてプリッとした身が現れる。かじると中からほんのり甘い汁が大量に溢れ出て、腹だけでなく喉も存分に潤すことができる。


 また、グロテスクな見た目だが、気性は穏やかなので捕まえやすいという特徴があり、彼女にとってありがたい食材であった。


 彼女が、20匹目の虫をほじくり出したところで、地面が大きく揺れ、背後で何かが落ちる音がした。

 

 彼女は、思わず声をあげるが、スーツが顔を覆っているため、モゴモゴと音が漏れただけだった。そして、ゆっくりと振り向く。そこには彼女と同じ様に白い断熱スーツを着た…おそらく人。人が倒れていた。


 そもそも、この土地に人はほぼ暮らしていない。外に出る必要がある時は、熱に強いロボットに任せて、自分たちは冷房装置が完備された室内に篭り一生を過ごす。


外に出るための断熱スーツはあるが、一般的な使用頻度は一生のうちに一回あるかないか。彼女のように日常遣いをする人は全くいない。さらに、彼女は、幼い頃に親と死別したため、物心ついてから自分以外に生きた人間を見たことがなかった。


 久々の自分以外の人間に警戒しながらゆっくりと近づき、その人を仰向けにひっくり返した。幸い、呼吸や外傷、他にも見た目に異常は確認できない。


「大丈夫ですか?あなたのハウスはどこ?10分以内なら送ってあげられますが、そうして欲しいなら教えてください」


 彼女は、篭りがちな声を張り上げて尋ねる。


「…ここ、あつすぎ…。」


彼女の声が聞こえたのか、倒れていた人が、弱弱しく声を絞り出した。彼女が声をかけようと顔を近づけたがすぐに気を失ってしまった。


 見捨てるわけにもいかず、どうしようかと困惑したが、自身の活動時間も残り少ないため、しぶしぶ自分の家に連れて行くことにした。自分と同じぐらいの背丈の人間を難なく背負うと少し足早に歩き出した。




 かつてここは、緑の輝く土地だった。


虹が消えた日。星が降り注ぎ、あらゆる国々が水に沈んでいった。神は堕落した人類を容赦無く洗浄したので、人間たちは、少しの抵抗もかなわぬまま、長年築き上げた文明は、一瞬で粉々に打ち砕かれてしまった。


 洗浄が終わると、次は乾燥と、陽光が猛威を振るう。地球を覆った大量の水は、無慈悲なまでもきれいさっぱりと消え去ってしまった。


そして、運良く生き残った人たちは、国や言語を超え一つの土地に集まり新たに生活基盤を築き上げた。ただ残念なことに、人は定住しているものの、発展していくのは難しく、人口は今もなお減っていくばかりである。


 そんな土地に生まれた彼女は、今年で16歳になった。16年目にして久々に眼にした実態のある人間。この人がなぜあそこに現れたのか見当もつかない。そもそも見知らぬ人間を家にあげることは正しい選択なのかもわからないでいた。


 自分のハウスに到着すると、不本意な招待客を背中からおろし、虫籠を机に置き、スーツを脱いで充電し始めた。スーツの中で少し蒸れて痒くなった、顎の下でぱつんと切り揃えられた黒髪をガサガサとかす。さらに、滑らかなキャラメル色の肌を豪快にボリボリとかくと、太めの眉を片側だけあげ、黒く濡れた瞳で、床にぐったりと横たわる人間を見つめた。たっぷりとした唇を軽く横に結び、雫のように丸く下に向かう鼻柱を持ち芯の通った鼻から大きく息を吐く。


 万が一何か起きた時に、相手が有利になる要素を少しでも減らしておこうと、もう一人のスーツも脱がせることにした。中から現れたのは、浅黒い肌に黒髪の男だった。艶のある髪は後ろに撫で付け、ちょこんと一つに縛っている。髭もなくハリのある肌に厚めの唇。そして、高くしっかりとした鼻を持つ男は、立派な成人男性にも見えるが、体つきは比較的華奢で少年の様でもある。

 

 彼女は、男の様子を観察しつつ、手足を縄で縛り、その体をタンスに括りつけた。さらに観察すべく、指で男の瞼を広げると、そこにはペリドットの様な輝く瞳があった。しばらく覗き込んでいたものの、全く目覚める様子はない。


 仕方がないので、物理的な衝撃を加えて起こすことにした。念の為に、充電していたスーツを着て、ナイフを握る。そして、男の頬を2回、バシバシっと打った。


「うっ…」


 肌の褐色が濃くなり、男は顔を歪ませて呻いた。しかし、一向に目はあけないので、さらに5回、今度は反対側の頬を張った。


「え…。痛い。…なに!?」


 さすがの痛さに男は飛び起き、彼女の握るナイフに目を見張った。


「え?も、もしかして、僕のこと殺そうと…殺そうとしてます!?」


 声がうわずってしまった男に対して、冷静にナイフを握り直して彼女は言う。


「殺すのが目的ならここに連れてこない。私は、干からびる寸前のあんたを助けてあげたの」


 それを聞いて恐る恐る礼を言うが、無表情にナイフを握り続ける彼女を見て、どうしたものかと男は視線をあちらこちらに転がした。


「あの、助けていただいて感謝しています。僕、見るからに怪しいとは思うんですが、怪しいものではありません」


「…」


「ここに来たばかりで、自分でも何が何だか。よかったら、いろいろ教えて欲しいのですが」


「…」


「あの、まずあなたのお名前は…?」


 彼女は、一瞬、驚いたように目を大きくし、考えるように目線を下げる。それから、静かにナイフをおろした。うんともすんとも言わなかった彼女がやっと口をひらく。


「わたし?……先にそっちの名前を教えて」

 

「そうですよね。普通そうですよね!相手の名前を知るにはこちらからってね!うーん、でもなあ。わからないんだよな。ね、僕の名前どっちだと思います?」


 男は、首にかかったタグを見せようと、顎を上げて体をモゾモゾと揺すった。それを見て、彼女はため息をついた。仕方がないので、手に巻いたロープだけは切ってやった。


男は、少しだけ解放された腕をグッグと動かして、首にかかったドッグタグを二枚摘んで前に差し出した。本来、二枚のタグには、同じ情報が書かれているはずなのだが、それぞれ別の情報が記載されていた。


「…『ティモシー』と『クリストファー・レイ』だったら、どっちが似合うかな。…ティモシーかな。うーん。うー、よし、ティムにしよう」


 彼は少しの間、思考に耽り、しっくり来たのか、顔を明るくし頬を緩ませた。


「僕、ティム!よろしく」


「よろしく。…じゃあ、わたしはレジーナって呼んでちょうだい」


 お互いに自己紹介などしたことがなかったので、何となく気恥ずかしくなり、とりあえず握手を交わしてみたが、余計に気まずいだけだった。手を握り合ったまま、レジーナとティムの間にはむずがゆい沈黙が流れていた。




つづく…

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