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 ブン。高周波の羽音。

 ブン。無機質で機械的なリズムだが、どこか生き物特有のランダムさが見え隠れしている。

 ブブン。電氣蜂独特の高音域がハーモニーを奏でるような羽音だ。

 ブブン。電氣蜂が飛ぶ。ミツバチ型の生物的フォルムで透明な四枚羽を高速で震わせて、ベニバチの電氣蜂がブンブン飛ぶ。

 最初に情報収集タイプドローンの駆動音に気が付いたのはミサゴのツチバチだった。マスターである少女にブブッと羽音で信号を送る。低い姿勢のまま雪に上を這いずるようにしてミツバチがやって来る方角へ頭を向けた。


「お、来たっぽいぞ」


 ミサゴは仕留めた獲物を解体する手を止めて電氣蜂が指し示す方向を見やった。今日は空が白いガスで覆われている。雲の隙間からも青い空は見えそうにない。

 ちょうど地球をカバーする外殻ソーラーパネル群が西の空に沈もうとしている辺りに、黒点がぽつんと見えた。ベニバチの電氣蜂がブンブン鳴らして飛んで来る。


「相変わらずやかましい飛び方してんな」


 ブブン。ミツバチ型電氣蜂がミサゴの足元に舞い降りた。透明な羽を震わせて粉雪を飛び散らかせる。胴体部を振り振り、くるんと身を翻し、雪の上に8の字を描き出しては、四枚羽の一振りで痕跡を掻き消す。電氣蜂による優雅なダンスだ。


「ベニバチだけかな。シラサギさん、サラシナさんも?」


 ヤマヴキも外骨格多脚機械の運搬格納庫分解の手を休めてミツバチのダンスを読み解こうとする。しかしこれがなかなかに難しい。ベニバチ本人の性格も現れるのか、この電氣蜂のダンスはいつも落ち着きがない。


「やめとけ。こいつのダンスを読めるのはベニバチだけだ。放っておいてもすぐにみんな合流できる」


 ブブン。ミツバチは踊り続ける。




 ヤマヴキが淹れてくれるコーヒーはいつも甘い。いつもどこから砂糖を拾ってくるのか。サラシナは時々疑問に思う。ヤマヴキはどこかに砂糖倉庫でも隠しているんじゃないか。クッキーを焼いてくれたら砂糖の独り占めも許可してやるのに。


「オレとヤマヴキが調べた結果」


 湯気をもくもくと昇らせるコーヒーをいつまでもふーふーと冷ましているミサゴが言う。ダイアモンドダストが降りしきる寒さの中、温かい飲み物はほんと助かるが熱すぎるのは苦手だ。


「このアリンコはここらの倉庫から熱になりそうなものを攫っていったみたいだ」


 ミサゴとヤマヴキはサラシナたちと合流するまで、仕留めた外骨格多脚機械を解体解析していた。こいつがどこから来たのか。何しに来たのか。何を見ていたのか。この自律機械はアリの形をしていて、情報収集と貨物の運搬に適した外骨格だ。胴体部に格納庫があり、1トンくらいの重量の物資を軽く運べる。


「……熱に?」


 ニット帽を深くかぶったシラサギがコーヒーのマグカップを傾ける。琥珀色したレンズの眼鏡がふわり曇る。コハクがいつも装着している拡張現実眼鏡だ。今はシラサギが装備して、周囲を哨戒しているトックリバチ型電氣蜂から送られてくる周辺データを読み込み中。


「たぶん、カロリーのある食べ物類とか、燃料系ね。根こそぎ持ってかれてるの」


 ヤマヴキがアリ型外骨格の胴体格納庫に大きな身体を突っ込んで言った。格納管理ファイルに回収品データが残っている。それをチェックすれば何をどれだけ格納したか解析できる。


「それとね」


 言いにくそうなヤマヴキのくぐもった声。


「人間くらいの大きさの有機物を四体。いずれも表面温度がマイナスまで下がっている」


「それって、まさか?」


 サラシナがコーヒーをぐいっと無理矢理飲み込んで言葉を詰まらせる。その重たい雰囲気にヤマヴキも答えられなく、代わりにミサゴが雪を蹴って応えた。


「人間のボディだな。それも冷え切った奴」


 サラシナは思い返す。コハクの眼鏡に保存されていた映像には四人の人間が映っていた。倉庫管理人。偶然居合わせた二人の放浪者。そしてコハク自身。

 アリ型自律機械が巣に持ち帰ったとされる人体と推測される有機物も四体。決まりだ。コハクは間違いなく外骨格多脚機械の巣にいる。


「あーい、溶けたよ。これで行動データを洗える」


 アリ型自律機械の頭部を解凍していたベニバチがひょいとアリの頭部を高く掲げた。ミツバチ型電氣蜂の熱殺蜂球攻撃で氷を溶かし、水分を蒸発させる。これで外骨格多脚機械の頭脳から行動軌跡の座標データを吸い出せるはずだ。

 ぽいとアリの頭部をサラシナに投げて寄越す。ちょっと、と慌てて避けるサラシナ。こんな重たくて硬い物体、サラシナの細腕では受けきれない。


「早くコハクちゃんを回収に行こうよ」


「待って。すぐに行動記録を解析するから」


 サラシナはモバイルPCとアリの頭部とをケーブルで繋ぎ、レトロスタイルのキーボードをカチカチと打ち始める。


「でさ、その、人体を持っていって、あいつら何をするわけ?」


 ミサゴはツチバチ電氣蜂を呼び戻して背中に配備した。電氣蜂の六本の脚ががっちりとミサゴの身体にしがみつく。


「燃やせば、熱エネルギーを電気へと変換できるのよ。人体って脂肪分の塊だからね。自律機械たちの目的は人間の殺傷じゃなくて、あくまでも電気の保存、蓄電池の作成だからね」


 ヤマヴキが携帯ストーブを片付けながら答えた。サラシナが敵の巣の座標を解析できれば、即行動開始だ。コーヒーのお代わりを用意してる場合ではない。


「じゃあじゃあなおさら早くコハクちゃんを回収しないと! 燃やされちゃうよ!」


 ベニバチもミツバチ型ドローンを背負う。ミツバチ型電氣蜂は飛翔能力が飛び抜けて高い。四枚羽の浮遊力を借りれば深い雪原でも文字通り飛ぶように走り抜けることができる。


「……もう、言い方!」


 シラサギは雪玉をベニバチに投げつけた。いくらあのコハクでも、回収なんて単語を連呼するのはあんまりだ。さすがは狙撃手のシラサギ。雪玉はベニバチの鼻の頭に命中した。


「あうー!」


「でもまあ、あのコハクなら大丈夫じゃないか? そりゃ!」


「あうあうー!」


 ミサゴも面白がってベニバチに雪玉を放り投げてやる。


「ふざけないの! 仲間でしょ」


 真面目なヤマヴキが戯れ合う二人をめっと嗜めて、PCのキーボードを叩くサラシナを見つめた。たしかに、あのコハクなら特に問題はないだろうけど、たった一人では寂しいだろう。早くコーヒーを淹れてあげたい。残り少ないジンジャーアップルティーでもいい。


「うん。敵の行動座標を確認できたよ。コハク回収作戦、それとも奪還作戦かな。開始するよ!」


 サラシナはモバイルPCを閉じて立ち上がった。

 地球大気圏外縁、衛星軌道上に飛翔するサラシナの巨大電氣蜂がソーラーパネルをかねた四枚羽を広げる。宇宙空間を飛ぶアシナガバチが地表に照準を定めた。

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レモンクラッシュ 鳥辺野九 @toribeno9

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