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 自律機械は人間に忠実である。忠実過ぎるが故に命令を下した人間文明が滅んでもなおそのコマンドを実行し続ける。

 5メートルを越えるアリの形をした外骨格多脚機械は頭部に備えられた二門の熱式自動小銃を掃射した。一斉掃射だ。一時的に蓄えた熱エネルギーをすべて弾丸として熱交換する。より効率の良い熱源を確保改修するために。

 撃ち込まれた熱弾は質量こそ持っていないが高熱の塊だ。物質を破壊するほどの物理エネルギーはないが、物理的形態を変質させるだけの高い熱量はある。

 まず廃墟を覆っていた氷が弾け飛び、一瞬で蒸発した。水蒸気の圧力で雪は吹き飛ばされ、さらに濃い水蒸気を撒き散らして白く煙った。

 かつて人間が住居として利用していた廃墟群。外壁は難燃性が高く熱緩衝材として内壁に断熱材を多く使用している。それでも基本構造の骨格は木材が主だ。外骨格多脚機械が発射する熱弾の高エネルギーに耐えられるわけもない。廃墟の外壁は容易く崩壊し、内壁さえもオレンジ色の炎を噴き上げて燃え上がった。

 それでもアリ型自律機械は熱銃撃を止めない。きっちり五秒間、熱掃射を連続させ、廃墟家屋の形がすっかり変わって壁が焼け飛んだのを確認するとようやく射撃を中断させた。

 少し頭部を上げて複眼式アイカメラと触覚部位の熱センサーで廃墟の奥に潜んでいた熱源を探る。

 それは一匹の電氣蜂だった。

 真っ黒く金属光沢のあるボディは約80センチメートル。戦闘用ドローンとしてはそこまで大きくない。ミサゴのツチバチ型電氣蜂だ。

 電氣蜂はただじっとその場に佇み、太めの胴体部を小刻みに振動させて排熱している。自律機械はその熱を感知していた。

 動かない機械がそこにある。戦闘行動をするでなく、かと言って熱を回収する自律機械のプロトコルに従っているわけでもない。ただただ無意味に熱を発しているだけだった。

 いや、無意味ではない。機械は無意味な行動はしない。あえていうならば、囮としての排熱行動。アリ型外骨格多脚機械がそう結論付けた時、廃墟外壁のすぐそばにこんもりと盛り上がっていた手掘りの雪洞が爆発した。同時に二つの熱源が飛びかかってくる。

 吹き溜まりに雪洞を掘って雪に偽装していたミサゴとヤマヴキだった。


「ヤマヴキ! 一発で仕留めろ!」


「ハイ!」


 突然に湧いて出た熱源に外骨格多脚機械は即座に反応できず、戦闘行動がミサゴより一手遅れた。

 二丁の大口径ハンドガンを用いた近接戦闘を得意とするミサゴとツチバチ型電氣蜂にとって、そのコンマ数秒の時間差は絶対的優位を意味する。

 凍てついた水蒸気の弾丸を撃ち込む。両手に装備した二丁拳銃が次々に白い煙を吐き、アリ型外骨格の頭部が音を立てて凍り付く。この収穫タイプの外骨格多脚機械ならば頭部にセンサー類が集中している。凍らせればそれらを一気に無力化できる。熱センサーを失った自律機械は視界を失った自動車よりも動きが鈍いものだ。

 マイナス何十度という水蒸気の塊が何発も頭部に命中し、氷の膜が幾重にも積み重なっていく。熱センサーの触覚が埋まるほど凍り付いたアリの機械に、ミサゴの電氣蜂が取り付いた。それはまさに獲物に食らいついたツチバチのようで、真っ黒く太い胴体部をくいっと曲げてアリ型外骨格の胸部接続部位に鋭い毒針を打ち込んだ。

 ツチバチに取り付かれた多脚機械にぶわっと霜が降りる。電氣蜂は外骨格多脚機械の関節ジョイント部位へ液体窒素を直で注入した。

 アリ型外骨格の黒いボディが中から冷やされて白く霜柱が立つほどに温度を奪われた。そこへミサゴの水蒸気銃での追撃。氷点下の水分が内部機構をさらに凍らせる。センサー類はこれでもう役に立たない。頭部と胸部をつなぐ関節部位は氷で固められ身動きも取れなくなる。超低温下で電子回路が氷結したのだ。超伝導現象を引き起こし電気抵抗はなくなり過電流が放出され正常動作はもはや見込めない。ただアリの形をした大質量の金属の塊だ。


「ヤマヴキ、頼んだよ!」


 ミサゴがふっと飛び退く。頭部と胸部が氷で覆われたアリ型外骨格は、胴体部に残された中継演算脳をフル稼働させて多脚をバタつかせて何とか氷を割り砕こうとした。

 暴れる外骨格の多脚が金属音を奏でて氷を引っ掻くが、頭部機構は分厚く凍ったまま引っ掻き傷ができるだけで砕ける気配もない。


「ミサゴ、蜂を離して!」


 その胴体部へ、大きな躯体のヤマヴキが飛び乗る。多脚を踏み台にし、大きく跨ぐように飛んで胴体部に仁王立ちする。

 2メートル近くある身体をぴんと伸ばし、長い右腕をぶるんと振るう。ヤマヴキが操るクマバチの電氣蜂がその右腕に取り付いた。

 ミサゴの電氣蜂が外骨格から飛び去った。アリの頭部と胸部を接合する球体関節が露わになる。あまりの低温で霜柱が無秩序に伸びて白く煙っている。


「……必殺」


 ミサゴに聞こえないように小さく小さくつぶやく。特に声に出す必要性はないが、気分の問題だ。

 胸部関節に狙いを定め、長く逞しい脚に力を溜める。金属改造骨格のためどっしりと重い体重を乗せて腰を落とし、全身のバネを活かして跳ぶ。


「クマパンチ……!」


 クマバチによるクマパンチ。それも大跳躍の一撃だ。ヤマヴキの大きな体躯をずしりと乗せ、重力でブーストをかけ、常人離れしたメタル骨格で振り上げた右腕一閃、強く叩き落とす。

 ヤマヴキの一撃がアリ型外骨格の胸部関節に凄まじい運動エネルギーを叩き込んだ瞬間、クマバチ型電氣蜂も爆発的に機動する。ヤマヴキの右腕にしがみついたままずんぐりとした胴体部から極太の金属槍を射出した。ヤマヴキのメタルな体重の乗ったパンチ力に加え、高出力の電磁力で高速射出される槍の鉄槌はいとも簡単に外骨格の胸部を粉砕した。

 凄まじい打撃のエネルギーはそれだけではとどまらず、外骨格を貫通し、凍ったアスファルトに突き刺さり、氷床と化した地面にヒビを入れて、轟音と共に雪と氷ごと砕き割った。

 圧縮された運動エネルギーは雪を蒸発させて氷を溶かし割り、道路のアスファルトを突き破って荒れた土を露出させるに至った。ヤマヴキは右腕をクマバチ型近接攻撃ドローンごと振り抜いて、高く築き上げた。ものすごい熱を持っている。冷たい風に晒して冷やさないと。


「さすがヤマヴキ! 一撃必殺ね」


 ミサゴがアリ型自律機械の頭部に蹴りを入れた。氷に包まれた頭部は無惨にもごろり転がって、打撃によって分断された胴体部もすぐに駆動音を消し去った。胸部はパーツが判別できなくなるほど粉々で、外骨格多脚機械は完全に機能を停止させた。


「ミサゴの援護が上手だったからよ。動きがピタッと止まってたらもうこっちのもの」


 無駄な戦闘は避けて無事敵の無力化もできた。何の問題もなく、命令無視も規則違反もしてない。


「サラシナたちと合流するまで、コイツのデータを洗ってみようか」


 ミサゴのブーツがアリの頭部を踏み付ける。みしり、氷が軋み音を上げた。氷漬けにされている分だけ衝撃が吸収されてデータ破損までダメージは貫通していないだろう。


「コハクの行方もわかるかも」


「むしろ最優先で調べるべき情報よ、それ」


「ところでさ、ヤマヴキ」


「何?」


 身長2メートルなメタル骨格の少女は小首を傾げた。自分より頭二つ分は小柄なミサゴに大きな瞳を向ける。


「必殺技名叫んでなかったか?」


「……気のせいよ」


 少女は照れ臭そうにもじもじと内股で雪を蹴った。

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