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「オレらさ、なんかサラシナの機嫌損ねることしちゃったわけ?」


 弾倉をチェック。念のため水蒸気フル充填。これでよし。二丁の大口径ハンドガンをそれぞれ両手でくるりと回して腰のホルスターへ収納する。古き良きアメリカ映画のガンマンよろしく。そういえば北アメリカ大陸は三つに分断されて内戦してたっけ。葛破魔かつらはまミサゴは雪の上に敷いた耐寒ラグにどっかりと腰を下ろす。冷たい。冷気が耐寒ラグを貫通してお尻を冷やした。


「サラシナさんは合流するまでの三時間を待機しててって言ったの。嫌がらせじゃないよ」


 強靭な体躯を器用に折り畳むようにして三角座りをする四重殻しじゅうからヤマヴキ。ミサゴが敷いたラグの端っこにちょこんと座る。それでもミサゴより頭一つ大きい。


「お茶飲む?」


「冷たいのは要らない」


 ヤマヴキが差し出した真空マグをミサゴは軽く首を振って断った。行方不明のコハクを捜索に出る時に淹れたお茶だ。この外気温ではさすがにもう冷え切っているだろう。


「それに、お茶飲んで身体をあっためたら」


 耳を澄ます。機械の気配を探る。近距離で大きな質量を持った物体が道路に降り積もった雪を踏み固める音が聞こえる。これくらいの質量なら中型外骨格機か。


「熱でオレらが隠れてるのが外骨格にバレちゃうだろ」


 雪のように白いニット帽を深く被った少女はニカッと笑って言った。笑顔のまま固めた雪壁に頬を寄せるように耳を押し当てる。ミシリ、ミシリ。中型外骨格多脚機械は確実に接近している。そんな足音だ。


「大丈夫」


「何が?」


「ショウガ入りアップルティー。冷えてても身体の中からじんわりあったまるよ」


 ヤマヴキは自分から真空マグを口に運んで一口お茶を飲んでみせた。隣に座るミサゴより頭一つ大きな身体を小さく丸めて、ふうっとほのかに白い息を吐く。


「女子力高いな」


「そりゃ女子だもん」


 どうぞ、と差し出してくるヤマヴキから真空マグを受け取るミサゴ。まじまじと隣にちょこんと座る背の高い重装備少女を見る。同じ性別とは思えない気遣い方だ。


「ショウガアップルティーなんてどこで拾ってきたんだよ」


「ヒミツ。あんまり在庫ないからみんなに内緒だよ」


 一口含む。すっかり冷えているが、リンゴの香りが鼻の奥に広がり、遅れてショウガの辛味が砂糖とともに攻め入ってきた。


「甘っ!」


「静かにっ。感知されるよ」


 ヤマヴキがシーッと自分の口元で人差し指を立てて、雪壁をじっと見つめる。ミサゴもアップルティーの香りを逃さないよう口を塞いで聞き耳を立てる。ミシリ。外骨格多脚機械の雪を踏み固める足音、かすかに聞こえる駆動音、電氣ノイズ、すぐ近くに機械がいる気配がする。


「こういう場合、なんて言うんだっけ」


「こういう場合って?」


「サラシナは待機って言ってたけどさ、敵の方から近付いてくるし」


 ミサゴがもう一口アップルティーを飲んで声をひそめた。


「可能な限り戦闘を回避、的な?」


 それ以上に小さな囁き声でヤマヴキがミサゴに耳打ち。


「それだ。可能な限り、な」


 ヤマヴキの胸の前で右腕にしがみつくクマバチ型近接戦闘ドローンがヴヴヴと羽音を立てた。




 外骨格多脚機械は思考する。

 熱! 熱を回収せよ! 熱こそすべてだ!

 地球がまだ温かかった頃。人工知能政府による新エネルギー政策が施行され、衛星軌道上に大気圏外縁太陽光発電所が建設された。

 宇宙空間にて、無尽蔵に敷き詰められたソーラーパネルは本来なら地表に降り注ぐはずの熱エネルギーを貪欲に吸収した。熱は電気エネルギーへと変換され地上へとマイクロウェーブ送電される。これが熱エネルギー格差社会の始まりだった。

 熱! 熱を回収せよ! 熱こそすべてだ!

 いわゆる先進国首脳陣はこぞって地球外発電に注力し、ますます地表に影を落とすソーラーパネル群体。自動機械化された送電施設は地表の熱さえも電気エネルギーへと置換させ、後進国はなす術なく温度を奪われていった。

 やがて、地球大気圏の約三割を外殻ソーラーパネルが覆い尽くす頃、北緯38度線以北は人が住めなくなるほど冷え切った世界になった。人類は電気には不自由しないが、熱を機械に略奪される時代が訪れた。

 人々が極寒の中でその短い生涯を閉じてもなお、人間のコマンドを忠実に実行する機械群が熱を回収し、誰も使わなくなった電気へと変換させ続ける冷えた地球がそこにあった。

 地球は今でも外殻ソーラーパネルに覆い尽くされようとしている。

 熱! 熱を回収せよ! 熱こそすべてだ!

 外骨格多脚機械は熱を感知した。逆を言えば熱しか検知できなかった。アリのフォルムをした六本脚の自律機械は一軒の廃墟に熱が潜んでいることを感じ取った。

 かつて人間が暮らしていた住宅地。何軒もの似たような形状の住宅が並んでいる。舗装も剥がれ荒れ果てた幹線道路をアリのように歩く外骨格は一軒の住宅にターゲットを絞った。

 熱感知センサーに感あり。反応は小さいが雪と氷に閉ざされた廃墟の中に熱を放つモノがある。座標は動いていない。息を潜めて隠れているつもりか。自律機械のセンサーは誤魔化せない。

 熱! 熱を回収せよ! 熱こそすべてだ!

 廃墟の壁はそこまで厚くない一般的な建材だ。射撃武器で容易く撃ち抜ける。ここ廃墟群は雪と氷に覆われている。ここかしこに雪の吹き溜まりが小山を成し、氷の壁がそそり立っている。この極寒の世界でそこに熱があるならば、その場に生き残った人間もいるはずだ。

 熱を回収するのに人間は必要ない。熱を電気に変換した後に送電してやるから、今はそこで朽ちてくれ。

 アリ型外骨格多脚機械は廃墟の壁に照準を合わせた。

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