セクサロイドの契約

達田タツ

セクサロイドの契約

 女はメガネを掛けている。


「ふぅん、ツラいのね」


 アンダーリムと細いつるのスクエア型メガネは、切れ目にぴたりと合う。写真の中の女優かと見まごう明眸皓歯の容貌とメガネは、彼女をより冷淡な印象へと導く。


 そして。


 女が身に付けているのはそれだけだった。


「だから、今日はシたくないんだ」


 ソファで縮こまる俺の隣に、彼女はどっかと腰をおろす。


 誰よりも長い筋肉質の脚を組み。


 誰もが振り返る主張の強い胸を俺の肩に載せ。


 触れられば誰でも心を跳ね上げる細く長い指で、あかぎれになった俺の手を撫でた。


「イタイ、から?」


 俺は主張した。


 毎日変わらず家事を続けるのが大変なこと、ずっと家にいると考えが堂々巡りで思考が鈍ること、友人とも疎遠になってしまったこと、年中家事ばかりで休みがないこと……夜になれば貴女の相手をせねばならないこと。


「へぇ、そんなことイうのね」


 とても丁寧に……冷や汗をだらだらと垂らしながら言葉を選んだつもりだった。


 とりわけ最後については、まとめてみれば二十文字に過ぎない箇条であったが、五分ぐらい掛けて言葉にしたと思う。


 その後に出た『へぇ』は恐ろしく冷たく感じ、吐息は俺の耳に沿って下り、背筋をぴしりと凍らせた。


 だめだ、謝らないと。


「私のキタイを裏切るんだ」


 ごめんなさい、の一言のために開きかけた俺の口を、彼女の手ががっしりと掴む。


 鋭く尖った爪が頬に食い込むほど、あまりに強い力で顔が歪んでしまう。


 頭頂部に感じるのは、彼女が唯一身に付けるメガネの硬い感触。


「了承、したハズでしょう」


 俺は首を振ろうとして、しかしそれすら許されなかった。


 彼女のもう一方の腕が腰に回り、ほどかれた脚が俺の脚に組み付いて、スパウトパウチから中身を一切搾りだすかのように抱き締められる。


 問答無用だった。


「動いちゃ、だァめ」


 女がメガネを取る。


 それが始まりの合図。


「さぁ、シましょう」


 俺は……俺はセクサロイドに飼われている。


 そんな契約だから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

セクサロイドの契約 達田タツ @TatsuT88

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ