君が好きだ

ナナシリア

君が好きだ

 気持ちを伝えるのは、難しい。


 それは単にフラれてしまう可能性が怖いわけではない。フラれるだけなら大した損害じゃない。


 例えば、嫌われてしまったらどうだろう。今よりも関係が悪くなってしまったら、きっと後悔せずにいられないだろう。


 例えば、彼女を不快にしてしまったら? もしかしたら彼女は心の中では俺のことを嫌ってて、告白してくるなんて気持ち悪い、みたいに思わせてしまうかもしれない。


 実際に起こるかどうかは関係ない。ただ、人間に未来はわからないから、少しでも可能性があるならそれはリスクとなる。


 そこでタイミングよく彼女が俺に話しかけてきていた。


「今度さ、一緒に遊びに行かない?」


「別にいいけど、どこに?」


 やる気満々で反応するのもがっついてると思われそうで、少し興味なさげなふりをしてみる。


「なにしたい? 映画とか、買いものとか、カラオケとか?」


「えっと、二人で遊びに行くって意味だよね?」


 二人でカラオケという意見に疑問を持ち、念のため尋ねる。


「そうだよ。あ、そっか。二人でカラオケはちょっときついかな?」


「だろうね。二人で行くなら、水族館、動物園、プラネタリウムなんかどうだろう」


「カラオケよりはいいと思う!」


 俺は特に希望はなかった。彼女と出かけられるというだけで嬉しいから。


 しかし、なにも言わないのもそれはそれでよくないと思い、一つ選ぶ。


「まあ俺は買いものがいいな」


 服も買いたいと思っていたところで、ちょうどいい。


「じゃあ買いものしに行こうっ!」




 ちらちらと周囲を見てしまう。


 せっかくいつもより気合入れて髭を剃って、一番おしゃれな服を着て、髪もわざわざセットしてきたのに、ちらちらと周りを見てしまっては格好良くない。


「ごめん、待たせちゃった?」


 俺の視界外から彼女が姿を現す。


 咄嗟に反応できず、一瞬間を置く。


「いや、今来たとこ」


 定番のセリフを口に出すと、彼女は冗談かなにかだと思ったのかくすっと小さく笑った。心臓が速すぎて鼓動の音すら聞こえてくる。


「じゃあ、行こうか。なにか買いたいものある?」


「わたしは、そうだな……かわいい服を買いたい」


「俺も服買いたいから、選ぶの手伝ってよ」


「うん、わかった。代わりにわたしの服選ぶのも手伝ってね」


「ああ」


 服を買いたいというのは本当だが、ただ服を買いたいわけではない。彼女が俺に似合うと思う服を買いたい。


 だから、彼女に選んでもらう必要があった。目標達成だ。


 服屋に向かう途中、彼女が場を繋ごうと話しかけてくれる。


「どんな服が好き?」


「俺は、そうだな……。あんまり服とか気にしないかも。でも着るなら派手な色は避けるな」


「違うちがう、女の子が着る服。どんな服着てる子が好き?」


「そっちか……。暖色系の、やわらかそうな服装がわりと好き」


 彼女は大きくうなずく。


 ちょうどいい機会だと思い、俺も訊くことにした。


「そっちは?」


「わたし? 難しいね……。細くてスタイルいい人はなに着ても似合うと思う!」


「……」


「ほら、あれとか。試しに着てみてほしい」


 彼女が指さした服。


 俺はさして考えもせず店内に入り、試着する。


「わ、超足長い、身長高、スタイルよすぎ!」


「めっちゃ褒めるじゃん」


「だって本当に思ってるんだもん。それに、わたしは褒められたら嬉しいから」


「素敵な心掛けだね」


 一通り会話して、服を着替える。


 これは、買おう。


 心に決めて更衣室から足を踏み出す。


「ついでにわたしの試着も見てほしいな。どれがいいと思う?」


 待ち構えていたのか、彼女はいくつかの服を指さす。


「俺は、これとか結構好き」


「じゃあ着てみる、ちょっと待ってて」


 彼女がいない間、更衣室のすぐ近くにいるのも失礼というか気まずいというかハードルが高いので、俺は少しだけ距離を取る。


 しばらくすると、彼女が姿を現した。


「どう?」


 かわいい、と直感した。


 それを直接口に出すのはどうにも気恥ずかしい。


「よく似合ってる」


 それでも彼女は満足そうに笑った。




 買いものは無事に終わった。


 出費はかさんだが、失ったというよりは満足する服を買えたという充実感の方が大きい。


「今日はありがとう」


「わたしも楽しかったよ」


 彼女が満面の笑みを浮かべていて、満足したならよかったと胸を撫でおろす。


「じゃあ、また今度学校で」


 俺が振り返って歩き始める。


「——ちょっと待って」


 彼女が引き留める。


 なにかしてしまっただろうか。


「わたしと、付き合ってください」


 世界が凍る。


 俺の世界は、過去最高に熱を発する。


 胸の奥から湧き出る情動が、ただ思うままに俺を突き動かす。


「好きだああああああああああ!」


 突然叫びだした俺を、彼女が目を見開いて見つめる。


 嫌われるかもとか気にしていられない、ただ彼女のことしか考えられない。


 絶叫が落ち着く。


「……もしかして、わたしのこと?」


「ああ。君が好きだ」


「ふふっ。緊張してたはずなのに、全部吹っ飛んじゃった」


 彼女は笑う。


「よろしくお願いします。あと、あんまり叫ばないでね。近所迷惑になっちゃうから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君が好きだ ナナシリア @nanasi20090127

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説