ビジネスパーソン向け雑誌『リストラ』のインタビュアー仕事録

ジロギン

プロゾンビエキストラに取材するインタビュアー

林川 美香(はやしかわ みか)は、大学卒業後、某出版会社に就職した。


その出版社が毎月発売している、ビジネスパーソン向け雑誌『リストラ』の記者となり10年。さまざまな職業の人の活動を紹介する取材記事を担当し、これまでに数百名にインタビューをしてきた。


タレント、スポーツ選手、政治家、経営者、大学教授、医師、インフルエンサー、ご当地キャラ、カバの飼育員……例を挙げ続けたら、ハムスターが生まれてから死ぬくらいまでの時間かかるだろう。


経験豊富なインタビュアーである林川だが、過去に取材したことのないタイプの相手へのインタビューは、いまだに緊張する。どんな話が飛び出てくるか、読者が満足する話を引き出せるか、的外れな質問をしてしまわないか……そんな不安で頭がいっぱいになってしまう。


まさに今、目の前にしている取材相手は林川が初めてインタビューする肩書きの人物だ。


プロゾンビエキストラの飯沢 満(はんざわ みつる)という中年男性。髪はボサボサ、服はボロボロ、顔色は青白く、体の至る所から出血し、白目をむいている。


林川「インタビューのためにゾンビのメイクまでしていただき、ありがとうござます」


飯沢「もちろんです。プロですから。いつでもゾンビになりきってみせますよ」


プロの気概をアピールされても、プロゾンビエキストラについて知らない林川には、いまいちピンと来ない。


林川「プロゾンビエキストラとは、どんな仕事なのでしょうか?」


やはりまずはこの質問からだろう。読者も気になるはずだ。


飯沢「言葉の通りです。ゾンビ役のエキストラのプロですよ。ゾンビ映画って、大量のゾンビが出てきますよね?そのゾンビを専門で演じている役者です」


林川はゾンビ映画が好きでよく見る。ゾンビが集団で行動し、一斉に主人公に襲いかかるシーンはゾンビ映画あるあるだ。飯沢はこのような映画で登場するゾンビの役をやっているらしい。


ほとんど見せ場なくやられるゾンビは、名もなき役者たちが少しでもスクリーンに映り、注目を浴びるために不本意ながらも演じているものだと考えていたが、まさか専業にしている役者がいるとは思わなかった。


林川「私の知識不足ですみません。初めて聞く職業です」


飯沢「でしょうね。ゾンビエキストラをやったことがある役者は星の数ほどいるでしょうが、プロとして生計を立てているのはオレの知る限り、世界で15人だけです」


林川「本当に珍しい職業ですよね。なぜプロゾンビエキストラになろうと思ったのですか?」


飯沢「なぜ……?いやぁ考えたこともなかったなぁ……オレ、元々は子役だったんですよ。で、初めてやった役が赤ちゃんのゾンビ役で。ほら、たまにあるじゃないですか、妊娠中のお母さんがゾンビに噛まれてウイルスに感染して、生まれてくる赤ちゃんは既にゾンビで……みたいな展開」


林川「確か『ドーン・オブ・ザ・デッド』でそんなシーンがありましたね」


飯沢「そうそうそう!オレが出たのは別の作品でしたけど、そんな感じのシーンを演じることになって。オレ自身は全く記憶にないんですが、当時の演技がめっちゃ上手かったらしく、ゾンビ役のオファーが殺到したんですよ。それ以来いろんな年齢のゾンビを演じてきて、気がつけば48年もゾンビ役をやってますね」


林川「なるほど、天性のゾンビ役だったということですね。他の役をやってみたくなったことはありませんか?それこそゾンビ映画だったら、襲いかかってくるゾンビを銃で撃退する主人公の役とか」


飯沢「全くないですね。ゾンビメイクを落としたオレは無個性な人間です。映画の主役を張る演技力もルックスもありません。主人公と敵対してゾンビに食われる悪役も、ほとんど戦力にならないけど最後まで生き残るおもしろムードメーカー役も無理ですね。やっぱりオレには華がない。そういうネームドキャラを目指していたら、オレはこの厳しい芸能界で生き残れてませんよ。今オレがこうして生き残れているのは、無個性なゾンビ役ができるからだと思ってます。死んでるゾンビ役で生き残るってのは、皮肉な話ですが」


林川「いやいやそんな、謙遜することないですよ。ゾンビってリビングデッド、生きる死者ともいいますし」


飯沢「逆に今からゾンビ役以外をやれって言われる方が、オレにとっては酷ですね。最初からゾンビ化した状態で登場する役しかやったことがないので。普通の人がウイルスに感染してゾンビになるみたいなパターンも演じたことはありません。普通の人を演じるのがまず無理です」


林川「そういうものなんですね……ちなみに、いやらしい話ですが収入面はいかがでしょうか?エキストラって、収入は雀の涙というイメージがありますが」


飯沢「1作品あたりの収入は本当に低いですよ。交通費とか差し引いて、手元に数千円残れば良い方です」


林川「それだと生活するのは厳しそうですが……」


飯沢「オレはプロですよ。そこらのゾンビエキストラとは違います。とにかくオファーが多いので。世界中からオファーが来ますから。年間2万本の映画でゾンビ役をやってます」


林川「年間2万!?ゾンビ映画ってそんなに作られてるんですね……」


飯沢「あと、他のエキストラたちにゾンビの演技指導もやってます。そういった諸々の収入を含めると、オレと妻と娘3人が生きていくのに十分な収入になってますね」


林川「ご結婚されてるんですか!?しかもお子さんが3人も!?」


飯沢「ええ。オレが撮影で家を長期間留守にすることが多いので、妻には専業主婦としていつも家にいてもらってます。一番上の子は来年大学受験です。今も私立高校に通っていて学費が高いのに、大学も私立に行こうとしてますから、親としてはこれまで以上に財布の紐をきつく締めないとですよ」


林川「いやはや、すごい。なんだか夢がありますね。俳優って、日の目を見ないまま引退してしまう人も多いと聞きます。でも飯沢さんのように上手く自分のニーズを見つけて、長年続けることで成功をつかみ取る人もいるんですね」


飯沢「まぁ、ゾンビ役を48年もやってようやくですよ、今の生活ができるようになったのは。自分の人生を振り返ると、人間らしい生活を送っている時間より、ゾンビを演じている時間の方が圧倒的に長いですからね。四捨五入したらオレはゾンビですよ、はははっ!もし本物のゾンビとオレに違いがあるとしたら、本当に人肉を貪ってるかどうかくらいですね。」


林川「飯沢さんの人生からは、俳優として生き残るコツだけでなく、1つのことを長く続ける重要性も伝わってきます。最後に、今後の抱負をお聞かせください」


飯沢「一番下の娘は小学生で、まだまだ養育費がかかります。少なくとも娘全員が成人するまでは、プロゾンビエキストラとして、芸能界を生き残り続けることが目標です」


林川「貴重なお話、ありがとうございました!」



ーーーーーーーーーー



2年後


ある施設で極秘に研究していたウイルスが流出し、世界中で感染が広がった。それは「生物を不死にする」ウイルス。しかし、マウスを使った動物実験は失敗。ウイルスを投与したマウスは全身が腐り、死体のようになりながらも生命活動を続けた。まさにゾンビだ。


ゾンビになったマウスは凶暴性が増し、血肉を求め同じケージにいたマウスに食らいつく。そして噛まれたマウスもゾンビ化。


これ以上の研究は危険だと感じた研究員たちは、実験に使ったマウスを全て殺処分した。はずだった。ウイルスに感染したマウスが1匹だけ生存。研究施設から逃げ出し、路上生活者に噛みついた。その路上生活者が人間の感染第1号となり、他の人間に噛みつき、連鎖的に感染が拡大。世界はゾンビに溢れ、荒廃してしまった。


大量のゾンビの集団が、新鮮な肉を探し街中を練り歩く。その集団の中に飯沢の姿もあった。


飯沢は長年のプロゾンビエキストラの経験を生かし、ウイルスに感染しないままゾンビたちに溶け込み、生き残っていたのである。実物のゾンビを目にしたことで飯沢の演技は究極にまで磨かれ、本物のゾンビを欺くほどになったのだ。


しかし、世界中のほとんどの人間がゾンビになった今、飯沢がゾンビを演じることに何の意味があるのだろうか。映画を撮影する人も、養うべき最愛の家族もみんなゾンビになってしまった。それでも死ぬのは怖い。本物のゾンビになるのは怖い。その思いだけでゾンビを演じ、ゾンビたちと一緒に人肉まで貪るようになった今の飯沢は、本物のゾンビと何が違うのだろうか。


<完>

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