赤い眼鏡の少女

海沈生物

第1話

 白い息を吐きながら塾からの帰路を歩いていると、道端に赤い眼鏡を付けた少女が俯いた顔で座り込んでいた。時間は当に九時半を過ぎており、女の子一人でここにいるのは危ない時間帯だ。


「ねぇ、君。こんな所で何しているの? おうちに帰らないと危ないよ?」


 眼鏡の少女は「……ん?」と言って顔を上げると、なぜか首を横に振った。


「違うの。私はね、ここで待っているの」


「待っている……ああ、お母さんを待っているのか。が来てくれるの?」


「うん、。だから大丈夫なんだ。心配してくれてありがとね、お姉ちゃん」


 お姉ちゃん。ふふ、お姉ちゃん。心の中で満面の笑みを浮かべると、流れるように彼女の隣に座った。不思議そうな顔をする少女に、私はふふっと「お姉ちゃん」らしく微笑む。


もここで一緒に待ってあげる」


「えっ……いいの? 本当に!?」


「うん、もちろん。君がわるーい大人に誘拐されたら、大変だからね。が守ってあげるよ」


「わーい! お姉ちゃん大好き!」


 ギュッと抱き付いてきた少女に、心が言い知れぬ高揚感に包まれる。兄妹のいない家に生まれたので、こういうのはとても新鮮だった。頬がポカポカと熱くなる。


 それから、私たちは他愛のない話をした。「星綺麗だねー」「珈琲ゼリーに醬油かけたら美味しいよね」「醬油がぶ飲みするの楽しいよね」なんて感じで。そうこうしていると、遠くから車の音が聞こえてくる。少女が「あっ!」と顔色を明るくしたのを見る限り、きっと親が迎えに来てくれたのだろう。


「良かったね、君」


「うん。ありがとね、お姉ちゃん! また今度生まれてきた時は、お姉ちゃんの妹になりたいな」


「え? そう? うれし――――」


 羞恥しながらそう言おうとした瞬間、少女の姿が消えた。ただ彼女がいた場所には赤色の眼鏡だけが残されていた。何が起こったのか分からないまま、私はその場でポカンとしていた。ただただ、車の音だけが虚空に響いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

赤い眼鏡の少女 海沈生物 @sweetmaron1

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ