呪いのめがね

はぐれうさぎ

第1話

「呪いのめがね?

 かけたら目が悪くなったりするのか?」


 放課後になり、バイトまでの時間をどうやって過ごそうかと考えていたところで幼馴染のアキラから妙な話題を振られる。

 こちらとしても時間をつぶすための話題提供自体はありがたいのだが、コイツの持ってくるこの手の話は微妙なことが多いので勘弁してほしいところだ。

 単なるうわさ話程度であれば問題ないのだが、コイツの場合は家の関係上、高確率で本物を持ち出してきてしまうのだから。


「うーん、そういう呪いではないかな。

 まあ、まずは見てみてよ」


 出来れば見たくないのだが。

 内心でそんなことを考えるこちらのことなどお構いなしに、アキラが布に包まれた何かを机の上に取り出す。

 サイズ的に中身は件のめがねなんだろうが、なぜか布に包まれた物体は2つある。


「……なんで2つもあるんだ?」


「ん?

 あぁ、本物を参考にグッズにできないかと思って、僕も呪いのめがねを作ってみたんだよ。

 ちなみに、こっちが元になった本物ね」


 いや、呪われたものをグッズ化しようなんて考えるなよ……。

 そんなことを思いつつ、アキラが布の包みから取り出しためがねへと目を向ける。


「いや、むき出しじゃねーか!

 そんな危険物を雑に取り出してんじゃねーよ!!」


「大丈夫、大丈夫。

 父さんが対策してくれたから、顔にかけない限りは問題ないよ」


「本当かよ……」


 相変わらずの軽い対応が不安にさせてくるが、とりあえずは対策済みという言葉を信じることにする。


「なんつーか、日本史の松金がかけているめがねに似てるな」


「あー、確かに言われてみればそうかも。

 でも、別に松金先生のめがねではないよ?」


 さすがにそれはわかっている。

 ただ、目の前に置かれているそれは、どう見ても中年の冴えないおっさん教師がかけているような野暮ったいめがねにしか見えない。

 なので、呪いのめがねといわれても、イマイチ実感がわかない。


「で、これにはどういう呪いがかかっているんだ?」


「えっとねー、これをかけると自分が無残に死ぬ姿が見えて、その通りに死んでしまうみたいだよ」


「いや、めちゃくちゃヤベーやつじゃねーか!?

 んなもんを気軽に出してんじゃねーよ!!」


 アキラが告げた呪いの内容を聞き、思わずめがねから目をそらして距離を取る。

 もし、レンズに俺の死にざまが映し出されたらどうしてくれるんだよ。


「大丈夫だって。

 さっきも言ったように、父さんが顔にかけない限りは呪われないように対策してくれているから」


 いや、その言い方だと、対策前は顔にかけなくても呪われることがあったように聞こえるんだが。


「……まあいいや。

 で、これが何なんだよ」


「あ、うん。

 本題はこっちだよ」


 そう言って、アキラが残っていたもう一つの布の包みを開く。

 すると、中から新しいめがねが出てきた。


「……今度のは、さっきのと違って随分とカジュアルな見た目だが、これも呪われているのか?」


「そうだね。

 ちなみに、このデザインは最近流行りのオススメだそうだよ」


 いや、知らんが。

 というより、そのめがねはお前の私物なのかよ。

 まあ、さっきの野暮ったいめがねに比べると随分と若者向けのデザインには見えるが。


「でね、こっちのめがねにはさっきの呪いをダウングレードしたものがかけられているんだ。

 だから、マサキにはそれを試してもらいたいんだよ」


「いや、自分で試せよ」


「こういうのは自分じゃなく誰かに試してもらった方が良いんだよ。

 それに、僕の場合だと上手く呪いがかからないかもしれないし」


 そう言って、新しく取り出しためがねをこちらへと差し出してくる。

 いや、普通に呪われたアイテムを笑顔で渡そうとしてくるなよ。


「つーか、普通に試したくねーよ。

 前のやつだって、大丈夫といいつつ普通に呪われたアイテムのままだったじゃねーか」


「えぇー。

 あの呪いの目覚ましちゃんだって、ちゃんと呪いのダウングレードは出来ていたよ?

 だって、目覚ましちゃんに首を斬られることはなかったでしょ?」


「いや、首を斬られないのは大前提すぎるだろ。

 目覚ましがわりにするには、あの人形から邪悪さが抜け切れてないんだよ」


 まあ、百歩譲って朝になったら枕元に人形が起こしにやって来るというところは許そう。

 だが、なんで、その起こしに来る人形が不気味な日本人形なんだよ。

 目が覚めたとき、目の前に不気味な人形の顔があったから心臓が止まるかと思ったわ。

 しかも、目が合った瞬間にニヤッとした笑みを向けてくるし。

 どう考えても、将来的に呪い殺しに来るやつだろ。


「まあまあ、前回のダメ出しを参考に今回はちゃんとダウングレードできているはずだから。

 ね?」


「……そのダウングレードした結果の呪いはどうなっているんだよ」


 上目遣いで差し出されためがねを思わず受け取ってしまい、諦めの境地で確認する。

 せめて、今度のやつは本当にダウングレードできていてくれるといいんだが。


「えーっと、これはかけた人の不幸な未来が見える呪いがかかったジョークグッズになっているんだよ。

 だから、このめがねをかければ、マサキが近い将来遭遇するであろう不幸を知ることができるはずだね」


「不幸とはいえ、未来のことがわかるのはすごいな。

 とはいえ、どう考えても呪われている時点でジョークグッズじゃないが」


 アキラの答えにそう返し、一度注意深くめがねを観察する。

 そして、特に何もないことを確認してから、ゆっくりとめがねを顔へとかけた。


「――っ!?」


 めがねをかけた状態で10秒ほど過ごしたものの、特に何かが起きる気配を感じられなかった。

 なので、そのことに対する質問をアキラへ問いかけようとしたのだが、そのタイミングで目の前のレンズにアレな光景が映し出されてしまった。


「……最悪だ」


「えっ、ダメだった?」


「ダメに決まってるだろ……。

 目の前で人が悪霊に呪い殺されて血をまき散らす光景とか」


「えぇー、おかしいなぁ?

 というより、マサキがダメなんじゃない?

 普通、悪霊に誰かが呪い殺される光景になんて遭遇しないよ?」


 いやまあ、それについては確かに反論できないが。

 とはいえ、善意で実験に付き合ってやったのにその言い草はないだろ。


「仮に俺が特殊だったとしても、ダウングレードしてこれはダメだろ。

 人死に遭遇するレベルの不幸とか、間違いなくジョークグッズの範疇を超えているし。

 つーか、お前も巫女なんだから、呪いのアイテムじゃなくて幸運のアイテムとかをグッズにしろよ」


「えー、それじゃあ、ありきたりすぎるよ。

 やっぱり人を集めるためにはインパクトがないと」


 いや、ありきたりな幸運のアイテムでも、本物なら十分にインパクトがあると思うけどな。

 とはいえ、実際に本物を売りに出されて周囲が騒がしくなっても困るが。


「……まあ、ほどほどにな。

 とりあえず、俺はバイトだからもう帰るが、お前も遅くならないうちに帰れよ」


「はーい」


 そんな気の抜けた言葉に送られて教室を出る。



 正直、バイト前だというのに、アレなものを見せられることになったせいで気分がどん底に近い。

 別に無理にやる気を出す必要はないが、接客を担当する以上、今のままだと何か言われてしまうかもしれない。


「つーか、さっきのめがねってかけた奴の不幸な未来を映し出すって言ってなかったか?

 つまり、俺はこの後に呪い殺される誰かに遭遇する……?」


 そのことに気づき、ただでさえ重かった足取りがさらに重くなってしまった。

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