その光に何を見る
かさごさか
街の怪しいお医者さん
昼間でも人気のない通りに建つ古びたアパート。外壁を蔦が覆い、アパート名が隠れてしまっている。
その2階で
「うんうん。ちょっと貧血なのが気になるかな〜」
「…ん」
白衣を身につけた女は、アパートの一室で非合法な診療所を営んでいた。彼女いわく、医師免許はきちんとしたルートで手に入れたものなのでセーフらしい。
近くに歓楽街があるこの地域では、やんごとなき事情で正規の病院に行くのが難しい人も少なくは無い。そういった者は彼女を初めとする、いわゆる闇医者の元へと駆け込むのが常であった。
バインダーを机に置いた女医は高野の頬を両手で挟み、軽く揉む。十代の柔肌は驚くほど滑らかで弾力があるため、女医はしばらくもちもちと高野の肌を堪能した。
「はぁ〜……癒し…」
その間、高野は嫌な顔をする訳でもなくもちもちされることを享受していた。
気が済むまで現役女子高校生の頬を触り尽くした女医は、バインダーから紙を引き抜きファイリングし始める。
「そういや仕事どう〜?セクハラとかされてない?」
「セクハラは無い。けど、掃除はしない」
「してるよ!?」
室内に置かれた衝立の向こうで、
「どうせウハラ・ペットボトル・コレクションでも開催してんでしょ」
「ファッションショーみたいな呼び方すんなよ。ちゃんと捨ててるし」
本日は高野の定期検診を行っていた。心身の健康状態を確認するため、女医は雑談を交えながら高野を調べていく。その過程で問診の矛先が付き添いの雨原に向かうこともあるが、高野が2人の会話を気にする様子は無く、女医にされるがままであった。
時折、室内の照明が女医の眼鏡に反射する。きらり、と目に射し込んだ人工の光に高野はぼんやりと昔を思い出した。
掃き溜めの中から窓の外を眺めているだけの日々。窓枠の端に微かに入り込む光が当時の高野にとって唯一の楽しみであった。
そこから拾い上げてくれた雨原や定期的なケアを続けてくれる女医は、自分には過ぎた恩人だと高野は時々思う。そんなことを二人に言えば、生暖かい目で見られる上に頭をこれでもかと撫でくり回されるので、絶対口には出さないが。そうでなくても高野は口下手な方だと自覚している。二人に感じている恩義を面と向かって話せるようになる日は今のところ、やって来そうに無い。
整理し終えた紙類から手を離した女医は足を組み替え、眼鏡を外した。雨原と言葉の応酬をしつつ、眼鏡のレンズを拭き始めた。その間、ちらちらとレンズが反射させる蛍光灯の明かりに高野は何度か瞬きをした。
「帰りも気をつけてね」
眼鏡を掛け直した女医に小さく手を振り、高野と雨原はアパートを出た。階段を降りきった時、救急車が警告音を撒き散らしながら通り過ぎた。昼夜問わず落ち着きの無い街である。
救急車の後ろ姿を見送って、高野は目を細めた。昼間を過ぎた太陽は傾き始め、西日へと変化しつつあった。窓越しでも反射したものでもない自然光はあまりにも眩しいのか、片手で庇を作る高野を見て雨原は穏やかに微笑む。
「…事務所戻ったらサングラスあげようか」
「新しいのが欲しいです」
「うん、自分の要望を言えてえらい」
雨原は自身の提案を却下された悲しみを誤魔化すように、高野の頭に手を置いた。
その光に何を見る かさごさか @kasago210
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