反射編

「――皆様、到着致しました。こちら、『基軸世界に近いものの、国家統合が行われなかった結果、医療費水準の低下やホログラフ技術の量産化が遅れている世界』――要するに、視覚補正用光学機器としての眼鏡が現役の世界でございます。環境や社会も基軸世界に限りなく近く、皆様方から現地人に喧嘩を売りでもしない限りは安全です。――もう少しぶっちゃけますと、『おさわり厳禁』ってことですね」

 代表は客に案内した。旅行企画の意図を話したら生身の社員たちはことごとく『そんなのアテンドしたくないですー!』と逃げ腰になったので、代表自らアテンダントを務める。

「眼鏡! 本当に天然の眼鏡っ娘がいるのか!」

 客の一人が言った。

「眼鏡が社会的に使われていることは事前の調査で確認しております。……何を以て天然と言うかは判じかねますが。では参りましょう。例によってこの航界機そのものは『現地に有り得る乗り物』にホログラフで偽装した上で駐機しておりますので、ここからは歩きになります」


 ※ ※ ※


 その街は、一見彼らにも見慣れた、集積度の高い都市であった。

 しかし、彼らが基軸世界で使うような意味でのメガネをしている者はおらず、大抵が裸眼である。

「なかなか眼鏡っ娘に行き当たらないでござるなー」

 客の一人が言った。

「まあほら、眼鏡を使うひとしか通わない店が見えてきますよ。左手をご覧下さい」

 代表が指した方向を客が一斉に向く。そこにあるのは眼鏡店であった。

「眼鏡店! 本当にメガネスマートレンズではなく眼鏡で商売をしている店なのか!」

 客は興奮気味にカメラを眼鏡店に向けた。

「まず間違いなく。勿論、事前に兌換済みの現地貨幣を使って眼鏡をお買い求めいただくことも出来ます。度の無い既製品ならすぐ持ち帰れるでしょう」

「そりゃあいい! コスプレにもうってつけだ」

「コス……プレ……ですか?」

 客たちは眼鏡店になだれ込む。

「いらっしゃいませ」

 眼鏡をかけた店員が言う。

「眼鏡男子だ! 実在したのか!」

「そりゃあ眼鏡を売る店ですからな、店員が眼鏡を嫌っていたら商売にならんでしょう」

 客が興奮気味に話し続けるのを、店員が制止して言うのと、代表が制止して言うのはほぼ同時だった。

「「お客様、お静かに願います」」


 ※ ※ ※


 やがて眼鏡マニアたちは手に手に既製品の度無し眼鏡を持って、店を出た。

「眼鏡を買う普通の客が来なかったのは残念だが、眼鏡店員だけでも尊いですな!」

「いやあ眼福眼福!」

 お前らが騒ぎ続けるから普通の客が入ってこなかっただけなのでは、と代表は額に皺を寄せつつ思うのだが、客の前であるから口には出さない。

「しかしこうなると、いよいよ眼鏡っ娘を見たいですな!」

「これはアレですかな……古典のシチュエーション。図書館を見るしか無いのでは?」

「ええと……図書館には御案内しますが、皆様、くれぐれもお静かに願いますよ? 基軸世界では余り御経験無かろうと思いますので念を押しますが、図書館で騒いだ日には本当に追い出されますからね?」

 代表は一同に説き聞かせた。

「はいはい、『おさわり厳禁』ね」

 しかし、返事を聞くと、果たして理解を得られたものかどうか。代表は苦笑したまま、一行を図書館に連れて行った。

「こちら、20世紀末の歴史的建造物に相当するそうで――」

 建物の案内をする間にもマニアたちは立ち止まらず、スタスタと図書館に入って行ってしまった。

「ああもう! 団体旅行の情緒ってモンは無いんですか!」

 慌てて代表も客の後を追いかけていく。受付に眼鏡をかけたおばさまがいた。一行はそれに気付いたのかどうか、奥の閲覧室に向かう。


 果たして閲覧室には、黒縁眼鏡をかけて紙の本を読む、黒髪長髪の眼鏡女子が、いた。


 これはまずいことになってないか、と代表があたりを見回すと、あれだけ騒がしかった一行は、言葉を失っていた。

 遠巻きに、本棚の影から彼女を見つめながら、呆然とする者、静かに嗚咽する者、手を合わせて拝む者、平伏す者。

「ありがてえ……ありがてえ……」

 そして小声で繰り返す者。

 カメラを取り出すことすら忘れ、ただただ彼らの理想の眼鏡っ娘を見続ける一行を前に、代表もまた言うべき言葉を失っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

眼鏡の世界 歩弥丸 @hmmr03

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ