第十八話 ウォードにて

 吹き流れる、穏やかな風。

 人々でにぎわい、活気に満ち溢れた観光地の風景とは違う、のんびりとした雰囲気。


 少し前に、そんな平和とはかけ離れた事件が起こったばかりであり、未だ不安の拭えぬ表情をしている者もちらほらとはいるが、おとむねが平和であるこの街の名は、ウォード。

 大きくはなく、それでいて特に小さすぎるようなこともない、普通の街であるこの場所に、レクシーとローザは辿り着いた。


「ここがウォードか。なんというか、本当に可もなく不可もない街だね」

「観光するような場所も、そう多くは無さそうだ。ま、長い期間滞在するわけではないからどうでもいいがな。どうせ、『死神』はこの街に留まってやしない」

 ローザはそう言うと、レクシーにいくらかかねを渡した。

 

「この金で宿の部屋をとっておいてくれ。私は早速調査に向かう。宿には二泊だ」

 レクシーはそれを受け取って、困惑しながらローザを見る。

 だがローザは、ぽんぽんと話を先に進めていく。

 

「私は早速調査に行ってくる。夕方にこの広場に集合しよう。それじゃあな」

「ああっ、ちょっと! ……行っちゃったか」

 さっさと走り出して行ってしまったローザに、レクシーは苦笑して頬をかく。

 ともかく、言われたことはやるかと、レクシーは溜息をついてから街の中を歩き出した。

 

 案外、すぐにレクシーの好みに合う宿は見つかった。

 早速、彼女は部屋をふたつとり、このまま部屋の中にいてもしょうがないので、また外へと出た。

 

 さて、ここから先はノープランだ。どうしようかと彼女は思考する。

「適当にぶらぶらしておくかぁ……」

 特にやることも思い付かない。そもそも、この街のことを、彼女はよく知らないのだ。

 なので、彼女はとりあえず、ウォードの街を適当に歩くことにした。


 目的もなく、ただ街を彷徨さまようように歩いて数時間。

 雑貨屋に入るも、欲しいものは特になく、武器屋に入るも、ついこの間武器を新調したばかりで買う必要もなく、目に付いた適当な店へ入っては出ていくのを繰り返している中で、レクシーはとある宝石店を見つけた。


 特に有名な店でもないので、また同じように何も買わずに出ていくだろうとは自分でも分かっていながら、なんとなく興味をひかれたので、彼女はその宝石店に入っていった。


 店内は落ち着いた雰囲気で、なかなか居心地の良さそうな空間だ。店に足を踏み入れ、内装を見たレクシーがそう思った束の間の事。

「きゃーっ! これがフレアルビーですのね!」

 店内に、女性の大きな声が響いた。


「ひゃっ! びっくりした……」

 その声にレクシーは一瞬驚いて、小声で呟く。

 一体何事か。レクシーは声のした方向へと顔を向けた。

 するとそこには、美しい翡翠ひすい色の瞳を輝かせて、大きな宝石を見つめる女性の姿があった。


 その女性は、ところどころにキラキラと輝く装飾があしらわれつつも、見た目の華やかさと動きやすさの両立された鎧を着ており、左腕には盾、腰には剣を装備して、まるで姫騎士のような格好をしている。

 

 美しいべに色の髪を腰まで伸ばしたその姿には、見るものを惹きつける力があった。

 露出があるわけでも、過度に大人らしい雰囲気を出しているわけでもないが、夢魔にでも遭遇したかと思うような、魔性の魅力を持っていた。


「こんなところでこんな貴重な宝石に出会えるなんてっ! わたくし、感動しました! ああ、うっとりするほど綺麗な赤色の首飾りですわぁ。ちょっと待ってくださいまし、手持ちのお金を確認いたします!」

 その女性は興奮した様子で、鞄を開き、袋を取り出して金貨を数え始めた。どうやら素敵な宝石との出会いがあったらしい。


「う゛っ……け、結構ギリギリですわね……。これを買ってしまえば、また安宿生活ですわ……」

 予算がギリギリだったのだろう、女性は顔を引きつらせて呟いた。

「でも、これを逃せば一生出会うことは出来ないかもしれませんものね……。その宝石、買いますわ!」

 だが、三秒後には表情を切り替えて店主の方を向いて言った。



 

「ああ、買ってしまいました、買ってしまいましたわ……!」

 購入手続きを済ませた後、手にした首飾りを見て女性はしばらく、ぶつぶつと独り言を呟いていた。

 そうして、女性がそのまま踵を返し、店から出ようとしたとき、丁度レクシーと目が合った。


「あら、私の他にも客がいたのですね。失礼、声が大きかったですわね」

 手を口元にあて、上品な仕草で言うと、そのまま彼女は、レクシーの姿をじろじろと見つめ、

「……あなた、綺麗な服を着ていますわね」

 と続けた。


「へっ? あ、ああ、どうも……」

「少し失礼しますわ」

 そうして、女性はレクシーを見つめながらぐるりと彼女の周りをまわる。レクシーはそれを困惑の目で追った。

(な、何なのこの人……)

 いつもであれば「貴女のような美しい女性に褒められるとは、光栄ですね」くらいは言いそうであるレクシーも、困惑のあまり言葉が出ない。


「ふむふむ……センスがいいですわ。この綺麗な髪飾りは蝶の形をしていますのね~」

 と、呟きながらぐるぐるとレクシーの周りをまわっていること数十秒。女性は突然立ち止まり、今度は記憶をたどるように額に指を当て、考え込む様子を見せた。


「んん……? まるで騎士のような恰好、金髪碧眼、蝶……?」

 何かが引っかかる、そう言いたげな声色で呟く彼女は、そこまで言って、突然大声をあげた。

「あーーーーーっ!?」

「ぴっ!?」

 思わず、レクシーの喉から可愛らしい声が出る。

 彼女のファンが聴けば相当に熱狂したであろう声だったが、残念ながら店内に客は今この二人以外来ていない。


 そんな、声のやたら響く店内で、女性はレクシーの顔をみて叫んだ。

「あなたっ、『蝶の剣士』レクシー=ウィングスでしょう!?」

「あ、はい。よくお気づきで……じゃなかった。コホン! ……ふふっ、そうさ、ボクも有名になったものだね」

 途中まで素が出ていたが、どうにか格好つけてレクシーは返す。


「やっぱりそうですのね! あなた、先日レーダックで魔族を退治したのですわよね! あの『薔薇の魔女』と!」

「ああ、もうその話も広まっているのか」

 早速、レクシーとローザのレーダックでの活躍は知れ渡っているようだ。噂とはすぐに広まるものである。


「私っ『薔薇の魔女』を探しているのですわ! あなた、レーダックの一件のあと、どこに行ったのか聞いていたりしませんこと?」

「ローザを……?」

「ええ、そうですわ!」

「彼女と知り合いなのかい? キミは一体……」

 素性のしれない相手に警戒しながら、レクシーは相手の正体を探る。

「ああ、失礼しました。名を名乗っていませんでしたわね」

 名乗っていなかったことを思い出した女性はそう言うと、腰に手を当て、胸を張り、自信たっぷりの表情で自らの名を名乗った。

 

「私、名をラヴィリンスと申しますわ!」

 名乗られたその名に、レクシーは目を見開いて驚く。

「ラヴィリンスって、? 『赤の騎士』ラヴィリンス!?」

「ええ、そうですわ。私はラヴィリンス! ラヴィリンス=ヴェレッド=クリムゾン、ですわ!」

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蝶の剣士は薔薇と共に えころけい @echoloca

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