第十七話 レクシーの策

 新たな攻撃能力を手に入れ、七体のスライムローザはレクシーとローザの二人へ攻撃を仕掛けるようになった。

 ローザが魔力不足によるフラワー・バレットの不発をやらかした後、その隙に一体のスライムローザがレクシーへと駆け出す。 残り六体が、フラワー・バレットでレクシーに近付いてゆく仲間を援護する。

 三発の魔法の弾を剣で弾き、残り三発をよろめきながら回避したレクシーの腹に、接近してきたスライムローザによる掌底が叩き込まれる。


「ごほっ!」

 いくら模倣しているとはいえ、スライムローザの体の柔らかさは、スライムの域を出ない。故にそのままの物理攻撃はそこまでの威力を発揮しない。

 だが、スライムローザは腕を防御魔法でコーティングすることにより、生身の柔らかさをカバーしていた。

 擬似再現されたローズ・インパクトは、レクシーを衝撃のあまり咳き込ませた。その隙に、跳躍したスライムローザはくるんと前宙してレクシーの脳天に踵を落とす。

「い゙っ……!?」

 鈍痛に思わず涙が出るレクシー。スライムローザは着地すると、すかさずその顔に右脚を振り抜いた。

 レクシーはなんとかそれを防御し、距離を取って体勢を立て直す。落ち着きながらも遠くの方を見ていると、援護に回っていたスライムローザたちがローザの方へと襲い掛かっているのを目にする。魔力が無いため反撃手段に乏しいローザを、まず数で押し切ってやろうという作戦であった。

 

 即座に近接戦闘を仕掛けてくる一体を無視し、ローザの援護に回ることを判断。身体強化で風の様にローザのもとへと駆け付ける。

 駆け付けざまに剣を振るが、スライムローザには躱された。

 更に、元々レクシーと戦っていた一体も、彼女を追いかけるようにして合流。二対七の状況となった。


「ああもう、数が多い!」

 巧みに連携して攻撃を仕掛けてくるスライムローザたちに、レクシーとローザは苦戦を強いられた。

 小さな少女の見た目をしたスライムは、調子に乗ってガンガン攻撃を仕掛け、二人は防御に回らされる。

 今は七体の猛攻をどうにか凌ぐだけで精一杯であった。

「ええい、魔法を使えないのがもどかしい! スライムめ、私の魔力を返せ!!」

 吸収した自分の魔力で好き放題やっているスライムの様に段々と腹の立ってきたローザが叫ぶ。

 だが、返せと言われて返すような相手ではないし、そもそも人間の言葉を解してるのかすら分からない。

 ただ、スライムローザは彼女の言葉など全く意に介していないということだけは明らかである。


「クソっ、レクシー! この状況一体どうする。何かないか!?」

「……アレをやるしかないのかなぁ」

「なんだ、策があるのか?」

「まあ、あるにはある……んだけど、魔力をすっごい使うし、疲れるし、嫌なんだよね……。出来ればあまりやりたくないなぁ……」

「そんなこと言ってる場合か!? やれよ!」

「えぇ~……。じゃあ、戦闘が終わったら何かご褒美が欲しいな」

「はあっ!?」

 れくしーはどうやら心底気が向かないらしい。だが、彼女にやる気を出してもらわぬ限り、魔力の尽きたローザがやれることには限界がある。ローザは、どうにかレクシーにやる気を出してもらおうとするしかなかった。


「分かった、分かった! ご褒美でもなんでもくれてやる」

「やった! じゃあこの後ボクすっっっっごく疲れるだろうから、そんな疲れたボクに膝枕をよろしくね!」

「はあ、膝枕? 何言ってるんだお前」

「ダメ?」

「いやまあ、それくらいなら構わないが」

 突然出てきた膝枕と言う単語に、ローザは困惑の表情を浮かべながら言った。

 

「本当? いやあ、俄然やる気が湧いてきたなあ! 頑張るぞぉ! 全ては美女の程よい肉付きの太ももの感触を直接楽しむために!!」

「……やっぱちょっと嫌かもしれないな」

 にわかにテンションの上がるレクシーに、ローザは膝枕くらいなら別にしてやってもいい、という自身の直前までの考えを改める。

 彼女が想像していたよりも、レクシーの変態性が強かったようだ。

「くぅ、だが背に腹は代えられんか。嫌だが、ある程度の変態性くらいなら、我慢するとしよう……」

「いいね、その嫌々って感じがまた良い。美女に嫌々膝枕をされるシチュエーションも守備範囲さ! 頑張っちゃうぞ」

「本当に気持ちが悪いなお前は! なんなんだ!!」

「心外だなぁ、ただ美しいものが好きなだけさ。さあ、行くよ!」


 魔力を全力で身体中に巡らせ、レクシーは目を閉じる。

 身体に負荷がかかるのを感じながら、レクシーの意識は濁っていく。分裂していく。思考がまとまらないような、まるで何人もの思考が頭の中に混在しているような感覚に襲われる。

 一瞬、吐き気を覚える。だがレクシーはなんとか我慢して、勢いよく目を開いた。

「“蝶梁跋扈ちょうりょうばっこ”」

 

 それは丁度、三体のスライムローザが二人に向かって蹴りを放っていた瞬間のことであった。

 レクシーの身体が一瞬ブレたように見えたかと思うと、次の瞬間、彼女は三人に

 三体のスライムローザの蹴りを、三人のレクシーは片手で掴んだ。

 じたばたとするスライムローザたちをそれぞれレクシーは放り投げ、斬り刻む。

 べちゃべちゃと音を立てて、三体のスライムローザだったものの残骸が地面に散らばった。

 その瞬間、残り四体のスライムローザたちはレクシーから逃げだした。数が増えたことにより、攻撃が通用しないと判断したのだろう。

 しかし三人のレクシーはそれと同時に走り出し、四体のスライムを瞬時に斬り、完全に再生不能となるサイズまでバラバラにしてしまった。

 

 数秒待って、スライムローザがもう再生してこないことを確認すると、三人のレクシーが合わさり、一人に戻った。

「はぁ……はぁ……っ!」

 元に戻ったローザは、かなり消耗した様子で、膝に手をついて荒い息をしている。

「おい、大丈夫か?」

 そこに、ローザが駆け寄り、心配した様子で聞いた。

「はあ、キッツぅ……おえぇ……」

 レクシーは気分最悪、といった青い顔で言った。

 彼女の分身魔法は実体を持つ代わりに、その反動として、一人へと戻った際に三人分の思考、記憶が統合される。解除後しばらくの間、脳がその処理に追いつかず、相当な負荷がかかるのだ。

 だから、彼女は極力この魔法を使いたがらなかったのである。


「ローザ、約束の膝枕……」

「はいはい。……ん、来いよ」

 ため息をつきながら、ローザはレクシーの頭を太ももの上に乗せてやった。

「やったぁ。……う、おえぇ」

「おい、私の膝の上で吐くなよ?」

「分かってるさ。大丈夫、ちょっとしたら良くなる」

「まさか実態を持った分身の魔法とはな。私はそういった魔法に明るくは無いが、魔法を学んでいる身として、理論的にどの程度の負荷がかかるのかは想像できる。使うのを渋るわけだ」

「うう、気持ち悪い……、太ももの感触は気持ちいいのに」

 言いながら、レクシーは手のひらで太ももを撫でまわす。

「ひゃっ!? くそっ、変態がっ!」

「罵倒も気持ちいい……」

 にやけるレクシーに、ローザは冷たい目で言い放つのだった。

「お前自体は、今最高に気持ち悪いぞ」

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