クリアになった視界で捉えた君は

あすれい

第1話

「ありゃ? 鏡ちゃん眼鏡かけ始めたんだ?」


 朝の出会い頭に幼馴染の亜久里あくりからそう言われた。小学生の頃から続く習慣で、毎朝亜久里は俺を迎えに来る。


「あぁ……、まぁな……」


 俺が眼鏡をかけ始めたのは昨日の夜から。作ってもらっていたのが昨日完成したのだ。つまり、亜久里が俺の眼鏡姿を見るのはこれが初めて。


 本当は亜久里にはあまり見られたくない。


 正直、俺は眼鏡なんてかけたくはなかった。どうせ似合いやしないし。フレームを選ぶ際も、どれも微妙な気がして、最後は投げやり気味に決めてしまった。


 それでも眼鏡が必要なのは視力が悪いからに他ならない。実際、席が教室の真ん中より後ろだと板書が見えにくかったし。


「ふ〜ん……?」


「な、なんだよ……?」


 俺の顔をじっと覗き込んできたかと思うと、ひょいっと眼鏡が奪われた。


 とたんに悪くなる視界。目が細くなり、眉間にシワが寄る。


「ちょ、返せって」


「まぁまぁ」


 取り返そうとする俺の手をやんわりと防ぎながら、亜久里は自分の顔に俺の眼鏡をのせた。『似合う?』と言わんばかりに小首を傾げて。


 悔しいけど似合ってるさ。俺なんかよりよっぽど。調子に乗りそうだから言わないけど。


「っていうかさ」


「ん、なんだよ?」


「眼鏡外しても(3д3)こんな感じにはならないんだね?」


 宙に指で3を描きながら言う。


「いや、の◯太じゃないんだから……」


 あの目は一体どうなっているのだろうか、謎である。


「そりゃそっか、眼鏡がなくても昨日までの鏡ちゃんの顔に戻るだけだよねぇ。でも──」


 亜久里の優しい手付きで俺の顔に眼鏡が返ってくる。一気に視界がクリアになる。顔から余計な力が抜けて楽になる。


 亜久里はトンッと駆け、俺から少しだけ距離を取るとクルリと振り返る。後ろ手にカバンを持ち、


「鏡ちゃん、眼鏡似合ってるよ。そっちの方が優しい顔してるし、私は好きだよ?」


 ドキッと心臓が跳ねた。クリアになった世界の中心で亜久里が笑っていて──。


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