第11話 クレーとお出かけ

「ねえ、お出かけしてみない?」


 春の翠月三週目の碧の日。恒例となったクレーとのお茶会で、彼女からこう提案された。

 今日は久しぶりのお茶会ということで、二人でデートが出来るぐらいには時間に余裕がある。なぜなら、今はまだ午前中だからだ。


 しかし、俺とクレーの婚約は公になっていない。領都内とはいえ、外出するのなら変装が必須なのだが、彼女の準備は万端だった。

 服を着替えたクレーは、どこからどう見ても商家の娘に見える。


「どうかしら?」

「とても似合ってるよ。……用意周到だね」

「ふふふ、だって楽しみだったんだもの。」


 口元を隠して可愛らしく笑うクレーに釣られて、俺も笑いを零す。いつもの服装ではないのでとても新鮮な気分だ。

 俺は……どうせだし護衛みたいな感じの服にするか。模擬とはいえ剣を提げておけば格好付けになるし、本物の護衛は最低でも一〇人は付くはずだからな。


「ルシー、お出かけするならこれを使いなさい」

「これは……?」

「変装用のマジックアイテムよ。魔力を通せば髪と目の色を変えられるわ」


 母さんから渡された腕輪は一見すると何の変哲も無いが、内側をよく見ると術式に使われる言語が刻まれている。

 魔力を通しても何も感じないが、手鏡で確認すると確かに変わっていた。金髪が茶髪に、明るい蒼色の瞳は暗い青色になっている。


 クレーも同じマジックアイテムで髪色と瞳を変えていた。明るい茶髪に碧色の瞳もいいな、うん。


「分かってると思うけど、路地裏には近づかないようにね。取り締まってはいるけれど、悪い人がいないわけじゃないから」

「……分かりました」


 出掛ける前に釘を刺された。

 領都の治安はいい方だが、この世界基準ではという但し書きが付く。人目に付きにくい路地裏には犯罪者がよく潜んでいるのだ。


「ところで……お出かけって何をすればいいの?」

「えぇと……何をしようか」


 さて、変装もして領都内に繰り出した俺とクレーではあるが、貴族として生まれ貴族として生きてきたため、庶民的な遊びを知らない。

 キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていると、すれ違う大人に微笑ましいものを見るような視線を投げかけられる。


「ルシー! あれは何かしら?」

「ああ、あれは屋台だよ。匂いからして、肉を焼いているのかな」


 人が並んでいるし、人気はありそうだ。

 看板には、串肉一つ銅貨五枚と書かれている。金貨じゃダメかな……? あ、財布の中に銀貨と銅貨が入ってる。入れてくれてありがとう、母さん。


「串焼きください」

「あいよ。塩とタレ、どっちにする?」

「ル、ルシー……」

「どうせだし、両方頼もうか。塩とタレ二本ずつ」


 醤油ベースのタレとは違うだろうけど、甘辛い香りがするので食欲がそそられる。肉自体も大きいから、食べ応えもありそうだ。

 ただ、これは豚肉っぽいけれど、この世界に豚はいるのだろうか。魔物とかがいる世界だし、もしかしたら冒険者が獲った野生の魔物かもしれない。


「おしろ――おうちの食事もいいけど、ルシーと一緒に食べるのも凄く美味しいね」

「あ、ありがとう……って言えばいいのかな」

「ふふふ」


 二人でベンチに座って串肉を頬張っていると、突然心臓を打ち抜かれるような言葉を告げられて咽せそうになった。

 クレーは一口ずつお上品に食べるし、自然と手を繋いできたり体がくっつくぐらいの距離になったりするし、俺の心臓がずっとバクバクしている。

 俺の婚約者なんですよって自慢して回りたいが、自慢する相手がいないしそもそも秘密の関係なので我慢だ我慢。


「そうだ、ルシーがいつも宝石を買ってくれる店に行ってみたいな」

「あの店はたしか屋敷に近い区画だったから……少し歩くけど大丈夫?」

「ええ、平気よ。ルシーと一緒ならいくらでも歩けるわ」

「じゃあ、行こうか」


 彼女の手を取って、記憶の中の風景を頼りにあの宝飾店を目指す。

 俺が買うようになってからファイアオパールの在庫を増やしたようだから、きっとクレーが気に入る装飾品も置いてあるだろう。

 財布に入っている分で買えそうなら、その場で買ってプレゼントしてもいい。


「――おっと、すまないね」

「あ、いえこちらこそ……?」


 そう考えていると、建物の角から飛び出してきた人影とぶつかった。


「……何か、御用でしょうか」


 背の高い女性だ。服装も、平民というよりはどこかの家に仕える家臣のような格好だ。

 しかし、怪しげな視線でクレーを見つめられるのは気分が悪い。

 視線を遮るように移動して、用事を訪ねる。


「いいや、少し気になっただけさ……。少し、ええ少しだけ」


 そう言い残して、彼女は去っていった。だが、すれ違う時、微かに血のにおいがしたのは、気のせいだろうか……?


「ルシー?」

「なんでもないよ。行こう」


 何か害のある行為を受けたわけじゃないし、今はクレーとデートしている最中だ。追いかける理由が無い。

 そう思って歩を進めたとき、ぐちゃりと何かを潰した感触がする。

 嫌な予感がして足を退けると、臓物のような蟲が一匹、潰れて死んでいた。


 思わず天を仰いで、茫然としたよ。なんでこう、ピンポイントで踏むかなぁ!? しかも気持ち悪いし!

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『神官』×『魔術師』 こ〜りん @Slime_Colin

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