第10話 ルシウスの才

「魔術に必要なモノは五つある。魔力、杖あるいは術具、術式、イメージ、そして詠唱トリガー。この中で最も大事だとされているのがイメージだ」


 安全のため庭に出た俺は、リュディガーから魔術のなんたるかを教わり始めた。

 彼は宙に水を浮かべ、鳥の形に変え羽ばたかせる。すると、自然な動きで水の鳥は空を飛び、俺の肩に止まった。


「イメージ出来ないものをどうやって再現する? 言語化できないあやふやなものを、術式として明瞭な形に出来るのか? いいや、不可能だ。故に、イメージが最も大事とされている」


 肩に止まった鳥は、そこから飛び降りて蛇になったかと思うと、足下で兎に変じ、リュディガーの杖をよじ登る。

 そして、彼が指を鳴らすと、水で出来た兎は霧散した。


「一般的に詠唱というと、口頭詠唱を指している。が、これを実践で使う機会はほぼ無いだろう。悠長に喋っていられるのは、命の危険が無いお遊戯だからだ」

「はい」

「長ったらしい詠唱は時間の無駄だ。そんなものを必要とする時点で分不相応の魔術だと思え」

「はい」


 渡された手帳にも同じことが書かれている。

 補足として、複数名で行う儀式魔術は口頭詠唱をすることで成功率を高めると書かれているが、詠唱で補わなければならない時点で術式に不備があると言っているようなものだとも書かれている。

 なんというか、魔術に関してはとことん徹底しているというか、辛辣というか……効率厨?


「私がよく使うのは動作詠唱と云う。指先一つで術式を起こし、魔術の起点とする技術だ。精密な魔力操作を求められるが……私が教えるのだ、出来ませんなどと言わせるつもりはない。身に付けろ」

「……はい」


 強引な方法ではあったが、実際に魔力を動かせるようになったのだ。ならば、ここからは俺の努力次第。

 俺は将来、魔術師であり神官でもある、特異な人間になるだろう。そして、ヘレボルス流剣術も扱う剣士でもある。

 未だ中級を修められない未熟者ではあるが、護身のための剣を手放すことは無い。


 剣を振るいながら魔術を行使するのなら、口頭詠唱よりも動作詠唱の方が戦闘向きなのはすぐに分かることだ。

 口頭詠唱は相手にタイミングを悟られやすいという弱点があり、動作詠唱は相手の不意を突けるという長所がある。


「……理解はしているようだな」

「はい。戦いの場で敵に次の手を悟られる行為は慎めと、剣の師匠に言われてますので」

「そういえば、お前は貴族だったな。有事の際は前に立つ義務があるか」


 貴族には義務がある。民のために戦場に赴く義務が。冒険者や探窟者が手柄を上げる近道と言われるのは、実績が分かりやすいからだ。

 もし他国と戦争状態に陥れば、俺達貴族は兵士を指揮する指揮官として働かなければならない。

 魔境や迷宮が溢れた場合もそうだ。前に立ち、自らの武で民を守らなければならない。


 時には人を、時には魔物を相手に戦う。それが貴族の義務。

 だから、アカデミーには武術や魔術を教える授業があるそうだ。少しでも戦えるようにと。


「ならば、お喋りしている暇は無いな。一つでも多く覚えろ」

「はい」


 とはいえ、魔力操作ができるようになっただけの俺は、初歩の初歩である基礎魔術から覚えなければならない。


 火属性の〈着火〉、水属性の〈水溜〉、風属性の〈そよ風〉、土属性の〈硬化〉、光属性の〈明かり〉、闇属性の〈暗がり〉。


 基本となる六属性の基礎魔術は、単体では大した効果を持たない。しかし、手帳によると基礎だけあって、その属性に必要不可欠な要素らしい。

 強大な魔術も、シンプルに捉えると基礎魔術を発展させたものだと。


 さて、動作詠唱……つまりは指パッチンとかを起点にこの術式を組まなければならないのだが。

 術式を組む、という感覚がイマイチ分からない。イメージを魔力に伝えるとして、そこから先を……?


「〈そよ風〉か。イメージだけでするとは、大した才能だ」

「……これだけ?」

「簡単だ、とでも思ったか? 感覚で発動出来たということは、それがお前の魂に刻まれた属性ということだ」


 〈そよ風〉。文字通りそよ風を吹かすだけの魔術。

 俺はこれをイメージだけで発動出来たようだ。詠唱すらしてないが?

 というか、魂に刻まれた属性?


「稀にいるのだ。ギフトと共に、属性を刻まれた者が。他の魔術も使ってみろ。同じようにだ」


 疑問は一旦置いて、言われた通り他の魔術も行使する。

 同じようにと指示されたので、〈着火〉は指先に火を灯すイメージを持った。けれど、魔術として発現するまでに数十秒を要した。

 〈水溜〉もまた時間を要し、〈明かり〉と〈暗がり〉に至っては発動すら出来なかった。


 天賦の儀の時、俺に告げられたのは『自由な風の如く』という言葉だ。リュディガーの言う魂に刻まれた属性というのはそれだろう。

 だから土属性の〈硬化〉も使えないか、時間が掛かると思ったのだが、意外にもすぐに発動した。


「風、次点で土か。刻まれた時に地面でもあったか」

「……ありましたね。草原を駆け抜けるイメージでした。囁かれたのは風だけでしたけど」

「そうか。信頼出来る者以外に他言はするな。刻まれるだけでも相当珍しいのだ。風のついでに土も刻まれているようだからな」

「はい」


 今日の練習はこれで終わった。

 新しいことばかりで覚えるのが大変だが、ここで身に付けた力はいつか必ず役に立つと思えばいくらでも我慢できる。

 刻まれた属性については……あとで父さんと母さんには話しておこう。


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