第9話 魔力操作(時短)

 魔力操作の修行が始まって数日。今は瞑想をしながら自己の再認識を行っている最中である。

 リュディガー曰く、瞑想が出来ない魔術師は半人前とのこと。魔術師ならば自身の魔力の流れを把握出来なければならないそうだ。


 瞑想は体内に意識を向ける行為。魔力が循環するイメージを、客観視した自分の肉体に当て嵌める。


 魔力は全ての生命に宿っているが、見えず、触れず、感じないモノを知覚するのは難しい。

 あるかどうかも分からない第三の腕を動かせと言われているのに等しいからだ。


「……知覚で一週間か。まあまあだな」


 真面目に熟した甲斐あって、俺はこの一週間で魔力を知覚できるようになった。

 これまでは在ると分かっていても認識できなかった魔力が、体内のどこを通っているのか、他者がどれほど有しているのか、漠然と感じ取れるようになったのだ。


 そして魔力を知覚できるようになったことで、一つ分かったことがある。それは、リュディガーが異様なほどに強いということ。

 魔術師の大まかな強さは魔力量で計れるそうだが、彼の魔力は息が詰まるほど濃密で、俺なんかでは計れないほど多い。

 それに比べて、俺の魔力は体表を湯気のように覆う程度の量しかない。


「さて……いよいよ本題の魔力操作だが、これに関しては外から手を加えた方が分かりやすいだろう」


 彼はそう言うと、俺の背後に回って肩に手を置いた。

 魔力操作は魔術師になるための必須技能。その前提である魔力の知覚が出来たのだから、これだって出来るようになるはずだ。


「〈大海の渦、魔女の大釜。掻き混ぜられるは形無きモノ〉」


 しかし、リュディガーが詠唱をすると、肩に置かれた手から魔力が流し込まれる。その魔力は俺の体内で荒れ狂い、酷い吐き気と痛みをもたらした。

 熱い、痛い、苦しい。叫びたい。けれど、肺も喉も機能を停止していて、ただ苦しいだけの時間が続く。

 逃げようにも、肩をがっしり掴まれて身動きが取れない。

 チカチカと視界が眩む。


 ……あれ、天賦の儀でも似たようなことされた気がァァァァアア!?

 ダメだ、耐えられない! 収まるどころか悪化しやがる! なまじ魔力を知覚できるせいで、俺の魔力が滅茶苦茶に暴れ回っているのが分かってしまう!

 頭頂部からつま先に至るまで、全身くまなく暴れ狂った魔力に蹂躙されている!

 ああ、ダメだ……頭痛が酷い……。ミキサーで脳みそを掻き回されているような、そんな最悪な気分だ。いっそ意識を手放せられるのなら、どれだけ楽になれるか。


「〈大海の渦、魔女の大釜。留め諫めるは形無きモノ〉」

「――っぁ! はぁ、ぅ、ぐ……いまのは、なに、を……」


 魔力の異常から解放されて床に倒れ込んだ俺は、抗議と疑問を込めてリュディガーを睨み付ける。

 まさか俺を殺すために……とは考えられない。直接殺すなら、こんな回りくどい方法で苦しめる必要は無いからだ。

 拷問ならば、まあ効果はあるだろう。けれど、それだって今やる意味を見出せない。


「気絶しないだけ大したものだ。大人でも耐えられる奴はそういない」

「だから、今のは……」

「時短だ。出来て当然のことをわざわざ教えるのも煩わしいからな。……まあ、魔力の知覚も出来ない奴にやると死ぬが、お前は目覚めたから何も問題無い」


 さらっと恐ろしいこと言わないでくれますかねぇ!?

 ちゃんと魔力操作は出来るようになっているから文句言えないけど、そんな簡単に人を殺せる手段を無許可でやらないで欲しい。


「これでお前は魔力操作も覚えた。当初の契約だと、これ以上教えることは無いが……」


 そういえばそういう話だった。

 講師として呼ばれたリュディガーは、俺に魔力操作を覚えさせるのが仕事なのだ。それが終わった以上、俺がここに留まる理由が無い。


「……?」

「魔術の一つも扱えないお前に、私からのご褒美だ」


 だが、彼が懐から取り出してこちらに投げ渡した手帳には、魔力操作の先が書き記されている。

 軽く目を通しただけでも、俺の想像を遥かに超える魔術が記されていた。

 最近は何か手帳に書いていると思ったら、これを作っていたのか。


「魔術師を名乗りたければ、最低でも初級は修めてもらおうか」

「それって……」

「この春のあいだ、魔術を教えてやると言っている」


 ずっと壁に立てかけていた長杖を手に取り、リュディガーは外に向かう。


「行くぞ」

「は、はい!」


 さっきの行為でまだ体はだるいけれど、今は鞭打ってでも付いていくべきだ。

 リュディガーは魔術師として、恐らく有名な人なのだろうと俺は思っている。そんな人が直々に魔術を教えると言っているのだから、休みたいなんて言ってられない。

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