第8話 魔術師の先生
雪解けの季節、春の緋月一週目の闇の日に、エンデ公爵家を訪れる人物がいた。
父さんを訪ねてくる貴族や母さんの友人は何人かいたけれど、俺を訪ねてきたのはこの人が初めてだ。
「お前が噂の麒麟児か」
「ルシウスです」
「……ふん」
彼は黒色のローブに長杖を持ち、上背が二メートルもある黒髪黒目のペレニアル族だ。
剣呑というか、気難しいというか、他人を煩わしいと思っていそうな態度である。
「もっと生意気だと思っていたが……まあいい。私はリュディガーと云う。先生と呼べ」
「ししょ――」
「先生だ。私はお前の師ではない。私が教えるのは基礎だけだ。それ以上は契約にない。知りたければ自分で調べろ」
「はい」
彼は母さんが俺のために呼んだ魔術師である。『神官』と『魔術師』、どちらも魔力を扱うギフトではあるが、精密な魔力操作という点では魔術師に教えを請うのが良いそうだ。
神官はあくまで祈祷術の祝詞で現象を引き起こす者であり、魔力を対価に祈りを聞いて貰うもの、らしい。
俺のギフトが『神官』だけならば授かった翌日にでも教えられたが、『魔術師』を活かすやり方は教えられないと母さんが言っていた。
「行くぞ」
「何処へですか?」
「外だ」
説明もせず、リュディガーは踵を返して外に出る。
俺はその後についていくと、空がよく見える庭の中央で月を見るようにいわれた。
「何が見える」
「何がって、月が三つ見えます」
「色は」
「えっと、白です。全部」
「まずは知覚からか」
そう言うなりリュディガーは、俺の両目を手で覆って小さな言葉を呟いた。唱え終わると手を離し、「何が見える」と再び聞かれる。
「月が……あれ」
さっきと同じで月が三つ見えるだけのはずだ。けれど、この行為に何の意味があるのかと疑念を抱いた俺は、目に映ったものが信じられなかった。
血のように真っ赤な月、植物だらけかと疑うほどの緑色で染まった月、海のように真っ青な月。
「何が見える」
「……赤い月と、緑の月と、青い月が見えます」
「色は薄いか」
「濃い色です」
「それが魔術師の見る月だ。見えない者はどうやっても魔術を覚えられんし、魔力を動かせなければ魔術師でも見ることが出来ない」
「でも俺の魔力は」
「動いていない。お前の目を私の魔力でコーティングしただけだ。本当に才能があれば他人の魔力越しでも見えるからな」
リュディガー曰く、魔術師に成れる人間は、他人の魔力を間に通せば自分の魔力を操作できなくても月が見えるらしい。
『魔術師』のギフトがあるので才能の有無自体は分かっていたが、魔力量は月の見え方によって変わるそうだ
色が濃いほど潜在的な魔力量が多く、俺の場合はドラセナ族の血を継いでいるからだろうと言われた。
「部屋に行くぞ。魔力操作のやり方を教えてやる」
「はい」
屋外でやることは終わったようなので、屋敷に戻って空いている部屋に入る。誰も使っていない部屋だが掃除は行き届いているし、家具も設置されてある。
「さて……とりあえず座れ」
「はい」
「……お前、貴族のくせに珍しいな。大抵の子どもは私の言葉に反抗するのだが」
俺は公爵家の三男ではあるけれど、魔術師としては基礎すら出来ない新米だ。教えを請うのだから言われたことに従うのは当然だろう。
自分で言うのもなんだが、俺の精神は成熟している。子ども特有の無邪気さと我が儘を、理性と常識で抑えるのだ。
「魔術を教わりたいのに、先生の機嫌を損ねる必要がありますか?」
「まあ、そうだな。ならば私の機嫌を取るといい。気が向けば基礎以外も教えてやる。気が向けば、な」
こうして、魔力操作の修行が始まった。
リュディガーとの契約は春の間のみなので、夏の緋月に入るまでに基礎を身に付けたい。あわよくば魔術も。
カーラと行う剣の稽古やクレーとのお茶会もあるので、スケジュールがだいぶ忙しくなってきた。
朝、日の出と共に起きて身支度をし、朝食を摂る。
その後は母さんに愛でら――貴族社会のマナーやらなんやらを教わり、それが終わったらリュディガーから魔力操作の修行を受ける。
昼食を挟んだら体力作りのため庭を走り、剣の稽古に入る。そして風呂に入って汗を流したら、再び魔力操作の修行になる。
夕食を摂ったら少しの自由時間を挟んで就寝だ。
日が落ちているのでいつもはすぐに寝るが、リュディガーから瞑想で自分の体の状態を確認するよう言われたので、瞑想をしてから寝るようにする。
前世の知識があるので、魔力の通り道を血管だと仮定して瞑想すると、ぼんやりと何かが通っている感覚があるのだ。
まだ自分の意思では動かせないが、それでも動いているように感じるのは、血液が意思と関係なく動き続けているようなものなのだろう。滞ると悪影響が生じるのだろうか。
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