第7話 冬の終わり
「――はぁっ!」
「クハハッ! 甘いな坊ちゃん!」
剣の稽古は広い庭で行っている。相手はヘレボルス族の女性で、エンデ領騎士団が誇る隊長の一人だ。
まだ冬だというのに肌の露出が多く、赤い体表からは湯気が上っている。これは彼女を追い詰めたとかそういうわけではなく、ただ単純にヘレボルス族の体温が高いだけだ。
前回のお茶会は秋の蒼月三週目の終末だった。それ以降は雪が降り始めたので、もう三ヶ月も会えていない。
俺とクレーの婚約はまだ秘密裏にされているから、会えるのは多くても半月に一回程度だったが、こうも会えない日が続くと寂しさを覚える。
だが、あと半月も経てば春の緋月に入る。その頃には暖かくなっているだろうから、帝都とエンデ領の往来も可能になるだろう。
「よぉし、今日はここまで!」
「あり、がとう……ございました……」
ボロ雑巾にされて地に伏している俺が礼を絞り出すと、彼女は俺を担いで母さんの部屋に連れて行く。
この人、手加減も容赦もしない人だから、最後の模擬戦は必ずどこかしら骨折する勢いで叩きのめされるんだよな……。
「あらあら、今日も手荒いわねカーラ」
「甘やかした剣技じゃ鼠一匹殺せやしない。手荒くなるのは当然だ奥様。それに、騎士どもの訓練に比べりゃまだマシだぜ」
カーラの言う通り、俺が受けているのはあくまで稽古。剣技を極めるためではなく、ある程度使えるようにするだけのものだ。
剣を主体とした戦闘技術を高める騎士達の訓練に比べれば、の話ではあるが。
「……〈父の手よ去るがいい。母の手よこの者を包め〉」
さて、そんな稽古であっても最後には骨を折られるのは、母さんがいる限り完璧に治るからである。
母さんのギフトは俺と同じ『神官』。祈祷術によって様々な現象を起こすヒーラーだ。
今唱えられたのは最も普遍的な癒しの術である。折れた腕が正常な形に戻り、切傷は綺麗に塞がり、打撲も完全に消える。
しかも腕のいい『神官』ならば、治癒の際に発生する再生痛すら生じさせないのだ。
「はい、治ったわよ」
ほんの数十秒で俺が負った怪我は完治した。
「ルシー、あまり無理はしないようにね。指の欠損ぐらいなら治せるけど、同じ場所を何度も治すと歪んじゃうから」
「……ところで母様、ギフトの使い方はいつになったら教えてくれるのですか?」
「そうね……うーん、まず魔力操作から覚えないといけないから、春かしら。腕の立つ講師を呼んであるから、それまで我慢ね」
ということなので、ギフトが使えるようになるのはまだ先のようである。
母さん曰く、魔力は鍛えることで総量を増やせるが、体が出来ていない幼少期から鍛えすぎると器が決壊してダメになるらしい。
建設途中のダムをイメージすると分かりやすいだろうか。
だからそっちより先に体を鍛えることになったし、自衛手段として剣技の稽古もしているのだ。
アカデミー卒業後どうするかはまだ迷っているが、どの道を選ぶにせよ、これくらい身に付けないと生きていけない。
「ところでカーラ、ルシーの剣の腕はどうかしら?」
「一月で初級を覚えたんで、筋は良いと思うぜ。一応ほかの流派も試させたが、このままヘレボルス流の剣技を教えるのが一番上達する」
俺が教わっているのはヘレボルス流剣術と呼ばれている、超攻撃特化の流派だ。柔と剛を併せ持つため、臨機応変さを求められる剣術でもある。
『神官』も『魔術師』も後衛の役割を求められるので、俺は主に柔の型で稽古をしている。
「皆伝はどうかしら?」
「む……さすがに無理だ。上級までなら身に付けることが出来ても、それ以上は力が足りん。ペレニアル族とヘレボルス族じゃ膂力に差がありすぎる」
「そうよねぇ」
皆伝に至れるのは『剣士』や『戦士』といった、前衛系のギフトを授かった者だけだ。
俺みたいに後衛系のギフトを授かった人間でも鍛えれば修められるが、上級より上を目指そうとすると途端に難しくなる。
才能の差というやつだ。
そんな自分に向いていないと分かっている道を進むより、ギフトという形で示された天職を極める方が有意義に決まっている。
「まあ、上級を修めれば他の流派なんてけちょんけちょんだがな! ヘレボルス流最強!」
そう言って、カーラは退室していった。
すごい自信過剰だが、実際ヘレボルス族の膂力はドラセナ族をも上回るので、そんなヘレボルス族が創り上げた流派で上級を修めたら、そりゃあ並大抵の相手にも善戦できるだろうさ。何年かかるか知らんが。
中級ですら修められるか分からないってのに、上級はいけるとカーラが言うもんだから、挑戦してはみるけれど!
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