ギフトの目覚め

第6話 冒険者と探窟者

「――じゃあ、またね!」

「ああ、また!」


 あれから二年が経過し、俺は七歳になった。

 クレスツェンツ皇女殿下……クレーとは愛称で呼び合う仲にまで進展していて、政略結婚じゃなくて恋愛結婚いけそうなぐらいいい雰囲気になってる……とは思う。


 今日の贈り物はピアスにしてみた。成人したら絶対に付けるからと、彼女はすごく嬉しそうにして、それまでは大事に仕舞っておくそうだ。

 贈り物を渡すと尻尾をゆらゆら揺らすから、本当に喜んでいるんだろうな。


 ちなみに尻尾の動きには色々な意味があるそうだが、母さんに訊くと毎回はぐらかされる。いつか分かるわよ~、なんて言うのだ。


「ルシウス、明日から剣の修行をつける」

「はい。でもなぜですか? 俺のギフトは『神官』と『魔術師』です」

「そうだな。だが、剣技を修めておいて損は無い」


 夕食後、父さんから渡されたのは一振りの模擬剣だ。本物の鉄で作られているのか、かなり重たい。


「ルシウス、お前は三男だから家を継ぐことはないだろう」

「はい」

「家を継がない貴族は、大抵は子爵位や男爵位に婿入りするか、新たな家を興すか、騎士として働くことになる」

「はい」

「家を興す場合、手っ取り早く実績を作るなら冒険者として魔境を開拓するか、探窟者として迷宮に踏み入るかの二択だ」

「はい。ですが、冒険者と探窟者って何が違うんですか?」


 前世の知識だと、異世界ものの創作物ではそういった職業は冒険者と呼称されていた。

 魔境の開拓と迷宮探索、どちらも冒険者の仕事に思えるが。


「それを説明するには、まず魔境と迷宮について説明しなければならんな。書庫に行くぞ」


 父さんはランタンに火を入れて書庫に入る。書庫は父さんの執務室と繋がっているから、勝手に入ることは許されていない。本は貴重品だからな。

 初めて入る書庫は中々広く、ランタンが無ければ今の時間帯だと真っ暗で何も見えないだろう。


「……これだな」


 父さんが本棚から取り出したのは、灰色の装丁が少し古ぼけている本だ。

 それをテーブルの上に置いて、とあるページを開く。


『追放された邪神は世界に災厄をもたらした。その最たるものが魔境である』

『勇気ある者が剣を手に魔境を開拓した。災厄の手先である魔物を斃し、その大地に加護を取り戻したのだ』

『その者に倣い、武器を手に魔境に挑む者を冒険者と呼称する』

『父にして母たる神との契約により、冒険者を管理する者は彼らに不義を働くことが出来ない』


 本というよりは手記のようなもので、中身は見たことの無い言語で綴られている。

 帝国人が使う言葉は帝国が成立してからのものだから、それ以前の古い言葉は専門家が翻訳しなければ読めない。

 だからなのか、この手記も全部が解読出来ているわけではなく、判明した部分を要約したメモが挟まっていた。


「つまり、冒険者は魔境に挑む人のことですか」

「ああ。今でこそ何でも屋になっているが、本質はそうだ」

「では、探窟者とは……?」

「それはこっちだ」


 もう一つのメモを渡される。


『雄大なる大地の底より顔を覗かせる異界の穴を迷宮と呼称する』

『迷宮から産出される道具は、《ギフト》とは異なる理によって創られている。発掘された文献によると、理力なる力を用いているらしい』

『迷宮にはこの世ならざる生物が跋扈しており、それを排除する者を探窟者と呼ぶことにする』


 こちらも翻訳した内容を要約したメモのようで、探窟者はどうやら冒険者とは似て異なる職業のようだ。


「――つまり、魔境の専門家か迷宮の専門家ってことですか」

「そうだ。そして、どちらも実力が無ければ生きられない世界だ」


 実力主義の仕事か。思っていたのとは少し違うけど、貴族社会で生きるよりは自由に振る舞えそうだな。

 成人するまでは貴族として生きなければならないし、俺が冒険者か探窟者になった場合、クレーとの婚約は無かったことになりそうなんだよなぁ。


 うーん、クレーは可愛いし一緒にいて穏やかな気分になれるから、可能なら婚約を破棄せずに貴族社会からリタイアしたいが。

 皇族だからなぁ……そんな傲慢で利己的な願いは叶わないよなぁ。


「どうした?」

「いえ、別に……。もし俺が冒険者や探窟者になったら、婚約は無かったことになるんだろうなぁって……」

「…………嫌か」

「……まあ、はい」


 見た目は怖いが、父さんは子どものために色々と考えてくれるし、理不尽な怒り方をしないから、今のうちに俺の考えを伝えるのはありだと思う。

 家を継げないってのは父さんから出した話題だしな。


「問題は無いと思うが……不安なら訊いてみるといい。ああ、贈り物は渡せよ?」

「それは……はい」


 最近は最初に贈り物と返礼品の交換から始まってるし、それから話題を振るべきか。

 俺が舞い上がってるだけで、クレーは皇族として義務的に付き合ってくれているだけかもしれないし……。

 …………こう、なんというか、自分で言うのもなんだが……俺って恋愛に関しては奥手というか、へたれなんだな……。


 とにかく! 明日からは剣の修行だ。ギフトに直接関係しないとはいえ、よく考えれば体作りにもなるしな。真面目に励むとしよう。

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