第5話 顔合わせ

 来てしまった。遂に来てしまった。

 今日は碧の日。そう、お茶会当日である。

 セッティングは完璧。我が家の侍女達が頑張ってくれました。


 なんか、皇女殿下とのお茶会ということですっごい張り切ってたんだよね。いや、これ、まだ顔合わせ程度なんだけど……。


 用意した贈り物は別途購入した贈呈用の箱に詰めてあるし、マナーや紅茶の淹れ方も覚えている。

 服は母さんが用意したものだから心配ないし、髪型も侍女がいつも以上に時間をかけて整えたから大丈夫のはず。


「すーはー……」


 深呼吸深呼吸……。落ち着けー、いくら相手が好みとはいえまだ五歳だぞー。……俺も五歳だけど。

 よぅし、これで大丈夫だ!


「着いたみたいね」


 今回の顔合わせのためにセッティングされたサロンの中で、俺と母さんは客人と到来を待つ。

 大まかな時刻は伝えられていたため、さほど待たされることなく扉は開かれる。


「招待ありがとう、ジュリア」

「お、おまねきいただき、ありがとう……ございます?」


 現れたのはクレスツェンツ皇女殿下と、その母親である皇妃だ。

 二人の口調が違うのは立場によるものだろう。皇妃は皇帝の側室であり、母さんは公爵の妻。あちらのほうが夫の爵位が高いため、こちらが下手に出なければならない。

 しかし、クレスツェンツ皇女殿下は皇族とはいえ、公的に与えられた爵位は無い。なので、敬われつつ相手を敬うという非常に面倒な立ち回りを求められる……らしい。


「ご足労いただきありがとうございます。以前にも増して鱗が輝いており、同じドラセナ族として胸が高まるばかりです」

「もう、ジュリアったら。同期なんだから砕けてもいいのに。それに……ね?」

「……はあ、相変わらずねロージャは」


 二人はアカデミーの同期とは聞いていたが、思っていたより気安い関係に見える。


「ルシー、皇女殿下をもてなしてあげなさい」

「は、はい!」


 そうだ、棒立ちになってる暇なんて無い。俺にはクレスツェンツ皇女殿下を歓待するという役目があるのだから。


「どうぞ……」

「…………」


 なんか、睨まれているような……?

 とりあえず紅茶をお茶菓子を出して――ああ、俺が先に飲まないといけないんだった! なんでさっきまで覚えていたことを忘れるんだ!


「……ん」

「…………お口に、合いましたでしょうか……?」

「にがいのや」


 そう言うやいなや、シュガーポットから角砂糖を三つ取り出して紅茶に入れた。

 まあ、うん。子どもだもん。甘くない紅茶なんて好きじゃないよね。


「…………むぅ」

「あの……?」

「べつに……」


 素っ気ないなぁ。嫌うというより警戒しているだけなんだろうけど。

 どうすればご機嫌を……あ、ちょっと早いけど贈り物を渡すか。


 母さんに目配せすると、オッケーの合図を貰ったので、侍女の一人に持たせておいた贈り物をテーブルの上に置く。

 腕輪を納める箱は縦横三〇センチ程度の大きさだが、色々な装飾がされているのでかなり煌びやかだ。


「俺が用意した贈り物です。どうぞ」

「……ん」


 なんで警戒されてるのか分からないけど、とりあえず受け取っては貰えるようで安心した。

 受け取り拒否されたらガラスの心が割れるところだったぞ。


「――こ、これ、ほんとにもらっていいの……?」


 恐る恐るといった様子でそっと箱を開けた彼女は、ぴんと尻尾を上に伸ばして固まった。と思うと、キラキラした目で俺に問い掛けてきた。


「贈り物ですので……」

「わぁ……!」


 途端、ゆらゆらと尻尾の先が揺れる。

 さっきまでの警戒はどこへいったのやら。非常に少女らしい笑みを浮かべて箱の中の腕輪を見つめている。

 もう腕輪以外なにも見えてないんじゃないかってぐらい夢中だ。


 気に入ってくれたらいいなー、とは思ったけれど、ここまで夢中になるのは予想外だった。


「ね、ねぇ。なまえ、おしえて……!」

「ルシウスです。ルシウス・ミシェル・ジュリア゠エンデ」

「ルシウスね! おぼえたわ! つぎも、おなじいろのくれる?」

「はい。贈らせていただきます」


 よし、次の約束は取り付けられたぞ!

 日程が未定でも口に出した時点でそれは立派な予定になる。次も、といったのだからまたお茶会が開かれるのは確定だ。


 贈り物を渡したことで警戒を解いたクレスツェンツ皇女殿下とはこの後、自己紹介と他愛の無い会話をした。

 皇族故に帝都にとんぼ返りするため、たった一時間足らずでお茶会はお開きになってしまったが、とても有意義な時間になったと思う。


 次も、炎のようなオレンジ色の宝石が使われた装飾品を探しておかないと。


 □


 帝都に戻る馬車の中、クレスツェンツはさっそく贈られた腕輪を付けていた。

 行くときは不機嫌になるぐらい嫌だった揺れがどうでもいいぐらいに、彼女はこの宝石に心を奪われていたのだ。


(ルシウス、ルシウス、ルシウス。……ルシーってよんでいいかな? ううん、だめ。まだはやいよね)


 相手は父が勝手に決めた婚約者で、しかも天賦の儀で自分より目立ったペレニアル族だ。

 ペレニアル族はこれといった特徴を持たない種族で、頭の良さ以外は全てドラセナ族に劣る種族である。頭がいいだけに、他者を騙したり貶めたりしようとするのも多いと、クレスツェンツは家庭教師から聞いた。


 だから今日のお茶会では、最初からずっと警戒していたのだ。

 同じ五歳でも、相手はペレニアル族。きっとよからぬことを企んでいるに違いない。そんな偏見もあって、普段なら完璧なお茶会のマナーも渋々やっていた程度。


 けれど、そんな気持ちはこの腕輪を貰った瞬間吹き飛んだ。

 炎のように燃え上がるオレンジ色! クレスツェンツの心が、感情が、本能が欲する石! ただの義理なら適当にガーネットでも選べばいいのに、わざわざファイアオパールを選んだのだ!


 ただ赤いだけのルビーとは違う、もっと情熱的で、挑戦的で、自由な色! この暖かい、太陽のような石を!

 ドラセナ族は宝石から相手の感情を読み取れる。宝石を通してルシウスから伝わったのは、気に入って欲しいという不安と、純粋な好意であった。そこに邪な念は見当たらない。

 しかも、贈ってきた宝石は自分の色だ! ならばこれはもう、プロポーズと同義なのでは!?


 ……と、あの時クレスツェンツは思った。

 努めて冷静に、顔には出さず、淑女らしく尻尾でのアピールに留めておいたが、果たして尻尾を持たないペレニアル族の彼に伝わるかどうか。

 もどかしさと嬉しさと恥ずかしさを抱えて、クレスツェンツは馬車の中できゃあきゃあとはしゃいでいた。

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2024年11月30日 18:07
2024年12月1日 18:07

『神官』×『魔術師』 こ〜りん @Slime_Colin

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