第4話 贈り物選び
「ルシウス、日程が決まったぞ」
ある日の朝。朝食の場で父さんが言った。
「あら、もう決まったの?」
「ああ。来週の碧だ」
遂に本番が来てしまう。そうか、来週か。
来週の碧の日、俺は正式にクレスツェンツ皇女殿下とお茶会をすることになる。天賦の儀でたまたま出会った時と違って、これはエンデ公爵家と皇族の正式な社交だ。
無論、私的な交友になるので少しの粗相は許されるのだが、しない方が良いに決まっている。
「ルシー、今日はお茶会に備えて準備ね」
今日の予定が決まった瞬間だった。
ちなみに、この世界では現代日本と違った暦が用いられている。
光の日から始まり、金、橙、緋、碧、蒼、闇の七日で一週間だ。統一歴と呼ばれている。
更に緋月、翠月、蒼月が三ヶ月で一巡するため、それぞれの季節に当てはめた十二ヶ月で一年を数える。一年は春の緋月光の日から始まって、冬の蒼月闇の日で終わるのだ。
「さてルシー……贈り物は貴方が選びなさい」
「いや、僕に善し悪しは……」
「だいじょうぶよ、アドバイスはしてあげるから」
そう言って母さんは、俺を連れ出して街へと繰り出した。とうぜん、護衛付きの馬車に乗って、である。
馬車の中から改めて領都を見渡す。
エンデ領の領都は小高い丘を中心に広がっているため、屋敷から離れるほど高度が下がっていく。
徒歩だと帰りが辛いが、馬車なので関係無い。
ここは交易路の中継地点としても使われているらしいので、領内各地で生産されている食糧類や道具類など、様々な物品の売買によって税収を得ているそうだ。
俺は家を継ぐ気が無いし、そもそもそっちの教育は兄さんのどちらかにされているはずなので、詳しいことは知らない。
分かるのは色んな商店があることと、それらの商店が取り扱う品の質がいいということ。
♢
「失礼するわ」
「っ、本日はどのような御用で……?」
「社交の練習として贈り物を選びたいのだけれど、相応しい品はあるかしら?」
「は、はい! 勿論です! 公爵夫人に相応しい装飾品であれば――」
「選ぶのは私じゃなくてこの子よ。ルシー、贈り物として相応しいものを見繕ってみなさい」
「はい」
うっわ緊張する。
先触れなしの来店で店主が緊張しているが、俺はそれ以上に緊張している。だって、何を選ぶかでこの店主からの評価が決まるのだから。
ルシウス・ミシェル・ジュリア゠エンデという人間は、物の善し悪しが分かるのかどうか。そう、俺は審美眼を試されている。
案内された部屋で待っていると、硝子ケースに納められた装飾品が幾つも運ばれてきた。
一番小さいものだとピアス、大きいのは腕輪かな。ゴテゴテした趣味の悪いアクセサリーが一つも無い、まさに選りすぐりの物品が並べられる。
「ルシー、ドラセナ族の特徴は?」
クレスツェンツ皇女殿下に似合う装飾品は……と考えていると、母がそう訊ねてきた。
「……ドラセナ族の特徴は竜です。竜の角、鱗、尾があります」
「そうね」
「…………えと」
さすがにそれ以上は分からない。というか、外見に現れる特徴で全てじゃないのか?
容姿がかなり変わるとはいえ、広義の意味ではドラセナ族も人間だ。
「ドラセナ族はね、自分を飾り立てるのに相応しい装飾品しか身に付けないわ。どれだけ価値のある宝石でも、琴線に触れなければ見向きもしないぐらいよ。それを念頭に、思い出してみなさい」
うむむ……相応しい装飾品……。
内面的特徴は初めて聞いたが、クレスツェンツ皇女殿下もドラセナ族なのだから、それに当てはまると考えるべきか。
なら、寒色系は絶対に違うな。あの日、彼女は寒色系の宝石が付いた装飾品を身に付けていなかった。
付けていたのは……ネックレスだったか?
シンプルなデザインだったからか、詳しい形がよく思い出せない。
とりあえず、寒色系の宝石は除外してっと……半分ぐらいになったな。
「ううん……」
「ルシー、よく見なさい」
困っていると、母さんが自分の鱗を指先で示し、そこから耳へと動かした。
母さんの鱗は銀を薄い緑で染めたような色合いで、いつもペリドットのピアスを付けている。……うん?
「分かったかしら?」
「……はい」
うん、分かった。そういうものだと分かればあとは簡単だ。
暖色系の宝石の中から、オレンジ色の宝石に絞ってみる。発色の良いオレンジ色があればなおよし。デザインはシンプルなほうがいいだろう。
母さんの鱗は薄い緑で染めたような銀色で、必ず身に付けているピアスにはペリドットが使われている。
クレスツェンツ皇女殿下の鱗は、オレンジがかった銀色。つまり、オレンジ色の宝石が使われたものを、相応しい装飾品と見做す可能性が高い。
「これにします」
選んだのは、
俺も彼女も子どもなので、シンプルなデザインのものを選んだ。
これなら贈り物として相応しいと思うが、どうだろうか。
「うーん……及第点ね。石言葉を知った上で選んだのなら満点かしら」
「さすがに、石言葉は分からないです」
「ふふふ、いつか分かるわよ」
代金を支払い、贈り物にする腕輪を抱えて屋敷に戻る。
父さんにもこれで大丈夫か訊いてみたが、熟考してから重く頷いたので、大丈夫なのだろう。
気に入ってくれればいいのだが……。
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