第3話 お茶会の練習
数日が経った。
あの日からたくさんの縁談が舞い込んできたらしいが、すでに皇女殿下との婚約が内密に決まっているので、全て拒否しているらしい。
らしい、と言うのは、俺の耳には縁談話なんて入ってきていないからだ。
「ホストがお茶を淹れる、ホストがお茶を淹れる、茶葉はノイルイェット領の特産品であるマレクティア、マレクティア、マレクティア……」
だって覚えることが多くて忙しいから。
建前上のホストは母さんになるが、実際には俺がクレスツェンツ皇女殿下を歓待する場になるので、ホストの役割も俺がやらなくちゃいけないのだ。
相手に合わせて出す紅茶を変えるのは当たり前(今回は相手の母親がノイルイェット出身なのでそちらに合わせた)。茶葉が違えば淹れ方も違うし、最適な温度も異なる。
あと、マレクティアと比較されがちなヒストリアとの違いも頭に叩き込んでおかなければならない。ヒストリアはマレクティアの半分ほどの日数で発酵を終わらせる銘柄だから、柔らかい口当たりが特徴だ。
つまりマレクティアは口当たりが濃厚であり、香りも中々強い。
ああ、忙しい。何十杯も紅茶を飲んでお腹がたぷたぷだと言うのに、蒸らし時間や注ぎ方まで逐一注意されながら練習中である。
「いい? お茶会で出す紅茶はホストが最初に一口飲むのよ。これは、毒が入っていないと相手に伝えるためね」
「はい」
しかもマナーの意味や成り立ちまで覚えなければいけない。
母さん、さすがに厳しすぎない?
「……ルシー、面倒なのは分かるけど大事なことよ」
「はい、分かってます。面子ですよね」
「そうだけどそうじゃなくて」
一息ついてから母さんは語る。
「私達貴族は民を使う立場にいるわ。口先一つ、指先一つで数え切れないほどの人生を左右するのよ。礼儀やマナーはね、その貴族である私達が争わないように生まれたの」
まあ、言わんとしてることは理解できた。
多くの民の生き死にを左右する立場なのだから、余計ないざこざを起こさないようにするのは分かる。
それこそ、仲の悪い貴族が私怨で紛争でもしたら、駆り出される領民はたまったものじゃないだろう。
「〝帝国〟が成立する前の時代なんて、それこそ小国同士の争いで何万もの民が死んだと聞くわ」
「それってどのくらい前なのですか?」
「一〇〇〇年以上昔の話よ」
なんか話題が脱線してきてる気もするが、紅茶を飲み続けるループからは脱出できそうなのでこのまま続けよう。
休憩にもなるし、この世界について知ることも出来る。一石二鳥だ。
♢
「はあ……」
夜、自分の部屋のベッドに倒れ込んで、俺は溜息をついた。
俺はまだ五歳だ。もう五歳だ。
この世界では五歳から一〇歳になるまでの間に、各々の家で貴族としての教育を受ける。
そして一〇歳になれば、帝都にあるアカデミーで社交スキルを磨きつつ独自のパイプを作るのだ。
アカデミーは武術や魔術を学ぶ場だが、貴族にとってはそれ以上に社交の場でもある。
俺が母さんから叩き込まれているお茶会のマナーも、本来ならこのアカデミーで学ぶものだ。
「……今はギフトを鍛えてる暇ないしなぁ」
俺個人としては、ギフトの使い心地を確かめたいところだ。けれど、どうやら今の俺では扱えないということが分かっている。
と言うのも、『神官』は祈祷術を、『魔術師』は魔術を扱えるのだが、どちらも体内の魔力を自分の意思で操作できるようにならなければいけない。
そして、それの鍛え方を俺は知らないのだ。
前世の知識があるから工夫すれば我流でも出来そうな気はするが、そもそも魔力がなんなのかを俺は知らない。知らないものをあやふやな知識で弄くって、取り返しの付かないことになれば大変だ。
だからきちんとした方法を教わるまで、これに関しては手をつけないことにする。
「……婚約、か」
目を瞑る。脳裏に思い浮かべるのは、天賦の儀で出会ったクレスツェンツ皇女殿下だ。
穂先に向かうにつれ鮮烈な赤色に変化する銀の髪。つんとした黄金色の瞳。小さいがドラセナ族の特徴である角と尾も備えている。彼女の鱗は温かみを感じるオレンジがかった銀色だった。
「俺なんかが釣り合うのかな……。というか、次の当主は兄さんのどっちかだろうし、俺は冒険者とかそういうのになってみたいんだけどなぁ」
自室には誰もいないから、こうやって愚痴をつくことができる。
俺が皇女殿下と婚約した場合、次期当主を誰にするかで揉める。絶対揉める。お家騒動なんてごめんだぞ。
いやまぁ、魅力的ではあるけどさ。
成長したらクール系の、ちょっとツンとした美少女になるんだろうなって雰囲気があったし。
というか母さんもほんわかしてるけど、考え事をしてるときはかなりクールな顔になるし、ドラセナ族は美形しか生まれないのかな。
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