第2話 天賦の儀
天賦の儀そのものに時間は掛からない。
壇上に立つ司祭が杖を振るい、祝詞を唱えている間、儀式を受ける子どもは渡された宝玉を持っているだけでいい。
しかし……とぐろを巻いた蛇のような装飾で覆われたあの宝玉、どこからどう見ても高価な代物だが、もし落として壊れた場合はどうするんだ……?
「――では、始めさせていただきます」
司祭がそう言って、杖を掲げた。次に名を呼ぶ。
「クレスツェンツ・ディ・ノイルイェット・レンオアム皇女殿下」
緊張した面持ちでドラセナ族の少女が立ち、壇上にて宝玉を受け取る。その所作には少し危なっかしいところがあるが、人の頭ほどもある宝玉を落とすことはない。
ちなみにノイルイェットは公爵家の一つだ。レンオアムは皇族の家名なので、母親がノイルイェット公爵家の生まれなのだろう。
司祭が祝詞を唱え始めると、宝玉は淡い光を発し始める。仄かな暖かさを感じる光だ。
その光は一分ほどで収まり、祝詞もまた終わる。
「……下りました。《日蝕》、それが殿下のギフトです」
司祭は少女にそう告げた。
名称から効果が分からないが、具体的な内容は本人の精神にだけ語られるらしい。まさにファンタジー。
「……では、ルシウス・ミシェル・ジュリア゠エンデ様」
皇女殿下が壇上を降りて席に着いてから、俺の名前が呼ばれる。
公爵家に序列は無いが、何代前に皇族から降嫁があったのかで順番が前後する。母さんが先代皇帝の娘……つまり、現皇帝の妹にあたるため、エンデ公爵家が最初になったのだ。
「――天に在りし、我らが父にして母たる神よ、この者にギフトを授けたまえ」
「……っ」
祝詞が唱えられると、俺の内でナニカが渦巻いた。そのナニカは宝玉と俺の内を行き来するように循環する。
装飾でしかないはずの蛇が鎌首をもたげたような錯覚を起こした。
「これは、まさか、こんなことが……!」
光。目が焼かれそうだ。
闇。足元が覚束無い。
けれど、気味が悪いというのに、俺の心は俺の意思と反するように高揚していた。
熱い、熱い、熱い。
やがて、奇妙な感覚は胸に集まって弾ける。
その瞬間、俺は視界が晴れるような、爽やかな感覚を覚えた。
風が吹く。草原を駆ける風が。
この風はどこまでも浸透していく。俺の魂を運んで。
『
ふと、囁かれた。
女性の声だ。男性の声だった。分からない。けれど、慈愛のようなものを感じる。
「――下りました。『神官』、そして『魔術師』。それがルシウス様のギフトです……」
はっ、と意識を取り戻す。俺は一体、何を見ていたのだ?
自分が自分でないような、不可思議な気分であった。
「ギフトを二つも……」
「前代未聞だぞ……」
辺りを見渡すと、大人達が口々に囁いていた。
公爵家の面々と皇帝及び皇妃は黙しているが、一〇〇を超える人数の囁き声は大聖堂内を満たしている。
「ルシウス、来なさい」
「……はい」
このまま壇上で突っ立っていても儀式の邪魔になるだけなので、言われた通り父さんの隣に戻る。
気を取り直した司祭が天賦の儀を続行するが、大人達の関心が俺から離れる雰囲気は無い。
皇族ですら――というかクレスツェンツ皇女殿下の視線が痛い。ずっと見られてる。
♢
「はぁ……」
領地に帰る馬車の中、俺は溜息をついた。
理由は簡単で、儀式が終わるやいなや、茶会の招待という名の勧誘合戦が始まったからである。公爵家の威光があるので侯爵以下の貴族は父さんが黙らせたが、同じ公爵位のスレイツェーニや皇帝陛下もからかうように言葉を掛けてきたのだから、緊張で胃が痛かったよほんと。
「ルシウス」
「はい」
「お前は麒麟児だ。そう噂されるだけの才能を見せつけた。慣れろ」
「……はい」
まあ、本来なら一つしか授かれないはずのギフトを二つも授かったのだから、周囲の期待もそれ相応に高くなるのは当然だ。
「でも父様、いくらなんでも婚約は早すぎると思うのですが」
「お前は賢い子だ。教育しているとはいえ、礼節をきちんと守れる五歳児なぞいない」
うぐっ、と言葉に詰まる。
俺は転生者だが、そうであると自覚する前から頭の良さを発揮していた。つまるところ、その頭の良さもあって婚約しないかと縁談話を持ち掛けられたのだ。
相手はクレスツェンツ皇女殿下。皇帝が内密に打診してきたので、知っているのは当事者である俺と当主である父さんのみ。
「二代続けて同じ家に降嫁すると決められたのだ。お前にはそれだけの期待が掛けられていると自覚しろ」
「はい」
まずは茶会の場で自己紹介でもするといい。そんなアドバイスを受けても、俺の胃痛は治らないよ父さん……。
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