『神官』×『魔術師』
こ〜りん
プロローグ
第1話 ルシウス・ミシェル・ジュリア゠エンデ
俺はどうやら転生者らしい。それを自覚したのは五歳にも満たない頃だ。
身に覚えの無い記憶、知らぬはずの知識、真面に思考する精神。
俺は現代日本で生まれた早乙女……もしくは羽賀だったらしい。どちらが正しいのか分からないが、記憶の中ではそう呼ばれていた。
ファーストネームが分からないが、俺が既に転生している以上、確かめようのない過去だ。
俺は〝帝国〟を支えるエンデ公爵家の三男として生を受けた。名を、ルシウス・ミシェル・ジュリア゠エンデと云う。
贈り名を含めればもっと長くなるが、名乗る際に必要なものだけに絞ればこうなる。
ファーストネーム……つまり、名前がルシウス。洗礼名をミシェル。この家では母親の名を付ける習慣があるので、ファミリーネームにジュリアがくっついている。
女性名が二つも付いているのは、この際どうでもいい。贈り名より全然マシだからな。
なんだよ栄光に輝く守護の盾(日本語訳)とか決して朽ち果てること無き刃(日本語訳)とか……詩歌か何かは知らないがそんなものを名前にするな。
まあとにかく、転生者らしい俺は今、エンデ公爵家で過ごしている。
転生した理由も、前世の記憶らしきモノが残っている理由も知らない。
だから、とりあえず自由に過ごすつもりでいる。
♢
「――そろそろルシーも五歳ねぇ」
うふふ、と美しい笑顔を見せる我が母は、ジュリア・グランツェリーネ・エンデと云う。ファミリーネームがエンデだけなのは、他家から嫁いできたからだ。
子どもの俺が言うことではないが、母さんはとても美しい。ドラセナ族という、肉体の全盛期が人生の八割を占める種族だからだ。
ちなみに、ルシーは俺の愛称である。なんでそれも女性名っぽいんだよ……。
「そうか、もう五歳になるのか。なら、天賦の儀を受けさせなければな」
可愛らしく美しい母さんと違って、ペレニアル族の父さんはとても厳つい顔をしている。
仕事一辺倒の堅物で、食事以外で顔を合わせることは殆ど無い。また、口数も少ないせいで近寄りがたい雰囲気を放っている。
ただ、家族仲が悪いかと言われると、そうではない。
「天賦……?」
「天賦は神様から授かったギフトのことよ。それを授かるための儀式が天賦の儀っていうの」
なんだその、いかにもチートを授かりそうな儀式は。
「ギフトが全てとは言わん。それを活かすための努力をしろ。そうだな……アレックスを手本にするといい」
アレックスは八歳年上の長男で、今は帝都のアカデミーに通っているらしい。俺は会ったことがない。
手本にしろと言われるぐらいだから、さぞ品行方正なのだろう。
それから十数日が経ち、俺は帝都の教会へと連れてこられた。天賦の儀を受けるためにだ。
エンデ公爵領から帝都まで馬車で移動してきたのでお尻が痛い……。
貴族の子はみな、この天賦の儀を受ける教会でお披露目される。
上は皇族から、下は男爵まで。平民階級は別日に行われるため、今日この教会に集まっているのは全員貴族である。
二頭引きの馬車から降りると、ドイツのケルン大聖堂のような建物が目に入った。
めいっぱい上を見上げてようやく屋根が見えるぐらい大きな大聖堂で、その扉は開かれた状態で固定されていた。
「父様……?」
「爵位の高い者はわざと遅れるのがマナーだ」
たくさんの人の視線を浴びながら、父さんの後ろについていく。
我が家は皇族を除けば最も権力を持っている公爵家の一つだから、侯爵以下の注目を集めるのは当然なのだろう。
けれど、大人から向けられる視線の殆どは粘つくような、どろりとしたものばかり。
子どものほうは対抗心やら憧れやら、純粋な視線を向けてくるのでまだマシだ。
「やあ、友よ」
「ガンドール卿……」
最前列まで行くと、父さんが警戒するように足を止めた。
「卿、だなんて寂しいじゃないか。名前で呼んでおくれよ」
「……何のようだ、スレイツェーニ」
そこにいたのは、父とは正反対の男性だった。屈強な父と違って、すらりとした背格好に端正な顔立ち、閉じているのか開いているのか分からない糸目。
何よりも特徴的なのは、尾が生えていることだろう。刺々しい蠍のような尾。ルナリア族の特徴だ。
「僕の娘も五歳になったからね。天賦の儀を受けさせるために決まっているだろう?」
「……ふん。それを言ったわけではない」
「ははは」
俺は二人の関係性を知らないから、ただ黙っている。それに、紹介されるまで勝手に口をきくのはマナー違反だと教わったので。
「――ところで、いつになったら紹介してくれるのかい?」
「……こいつはスレイツェーニ。怪しい男だがこれでもガンドール公爵家の当主だ。スレイツェーニ、これは俺の息子のルシウスだ」
「ルシウス・ミシェル・ジュリア゠エンデです」
「これはご丁寧に、スレイツェーニ・イグ・ガンドールだよ」
含むところがあるのか、ただ単に微笑んでいるのか分からないが、握手を求められたのでその手を取る。
いくら同じ爵位でも、他家の当主の握手を拒むのはな……。
『おぉ……』
ふと、空気が変わる。
俺達に集まっていた視線が大聖堂の外に移ったのだ。
「……ルシウス、分かっていると思うが勝手な発言は控えておけ」
「はい、父様」
一際豪華で権威に溢れる四頭引きの馬車から降りてきた人達を視界に入れて、俺は唾を飲み込んだ。
皇帝。ただそこにいるだけで存在感を放つ、至上の存在。五公爵家を含む全ての貴族が逆らうことの出来ない、絶対的な権力者。
先頭を歩く皇帝は白髪交じりの偉丈夫で、額から後方に歪曲した角や、頬から首に掛けて竜鱗が生えている。これはドラセナ族の特徴である。
その後ろには皇妃がついて歩き、俺と同じ年頃の少女が彼女に手を引かれている。
彼らは最前列の中央に位置取り、俺達は自然と脇に避けて頭を垂れた。
「今日は子ども達の祭日だ。面を上げよ」
そう言って、皇帝である竜人の男は長椅子に腰を下ろした。倣うように爵位の高い者から順に座っていき、全員が着席したところで鐘が鳴る。
天賦の儀が始まるのだ。
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