第8話 少しだけ先の『明日』
校舎から見える桜の木を眺めて、あれからもう3年かと思った。
3年前の、桜が咲きだす少し前の時期に、俺はももさんと出逢った。
実は、本人はおそらく知らないが、初対面は学校ではない。公園で彼女を見かけた。
初デートの待ち合わせをした、あの公園だ。彼女はベンチに座って小説を読んでいた。
当時、学校ではひとつにたばねられていたその綺麗な髪がその日は解放され、風とたわむれ、優しく揺れていた。
一目惚れだった。あんなに優しい表情で読書をする女性がいるのかと、衝撃的だった。
花粉症で外出をいやがる世間の人達とは違って、彼女はメガネもマスクもせず、春をたのしむように。
ーーそこだけ、彼女の周りの空間だけは別世界だった。
どうしてあんなに美しい人に誰も声をかけないのだろうと周りを見回したら、スマホをみて歩く若者が俺を追い越して去っていった。
ほんの少しだけ、スマホから視線を上げればあんなに心を癒す美しい天女様が見えるのに、なんて運の悪いやつなんだろうと、憐れみの感情がわいた。
……まあ、そこで声をかける勇気を出せなかったオレも、その運の悪いやつと同じだったのかもしれないけれど。
そして次の日、新しい学校への初出勤の日、その天女様がそこにいた。
これは神様のお導きだと思った。
昨日ひよって声をかけられず後悔したからこそ、絶対に声をかけようと、仲良くなると、決意した。
しかしその天女様を観察していると、戸惑いと不安が大きくなった。公園での天女様と学校での『もも先生』は全然違った。まず、笑わない。そして、話さない。いつも張り詰めた雰囲気をまとっていた。
最初は、心配の気持ちが強かった。この人は、ちゃんと笑顔も作れないのに『先生』なんてできているんだろうか。保護者からのクレームはないんだろうか。と言うか、他の先生とコミュニケーションとらなすぎだろう、そんなんでよく今までやってきたな?!と、ひとりあたふたした。
他の先生との会話で俺より彼女の方が歳上だと知った時は衝撃的で…それまで歳下だと思ってたから…いや、年齢より若く見えるのは素晴らしいことだけど、ほんとにこの人は大丈夫なんだろうかと、あせった。
でも1ヶ月が過ぎ、半年が経つ頃になると、
『もも先生』は周りの先生達からの好感度もわりとよくて、生徒や保護者からのクレームもないことがわかって、今度はただただ疑問が湧いた。どんな神様を味方につければ、笑顔なしでこんなに人から好かれるんだろうかと。やはり天女様だ。普通の人間には有り得ない奇跡だ。
俺の目に狂いはないとーー
『ももさん』は前に1度だけ俺の笑顔をほめてくれたが、俺は自分の笑顔が好きじゃない。これは、『技術の』笑顔だ。『もも先生』と同じように作り笑顔ができなかったから、努力して身につけた笑顔だ。この笑顔のおかげで俺は誰とでも仲良くなれるようになったけど、ぶっちゃけ楽しくなくても、美味しくなくても、『笑顔』を作らなきゃと思うとこの『完璧な笑顔』になってしまうのが、誰にも言えない俺の苦しみだ。
ーーまあそれも、『ももさん』と『仲良く』なれた『今』では笑い話だ。今では毎日毎日常に最倖だし、ももさんと食べればどんなものでも最倖にうまい!
当時は、あんなに素敵な存在なんだから当然恋人も居るだろうし、俺は俺に出来ることで天女様をサポート出来たらと、俺なりに尽力していた。
朝、だるい身体を引きずって学校へ出勤すると、職員室のいつもの席に天女様が『存在』している奇跡。もうそれだけで、今日一日がんばるぞ!って活力がわいてくる。
『先生』という仕事は、ぶっちゃけあまり報われない。他の先生達は、みんな同じことを言う。いわく、昔のボーナスは凄かったのに今は…とか。せっかく育ててもみんなすぐ病んで辞めていく、とか。ネガティブな先生が多い。前の学校はそれはもう酷かった。今思うと、当時の俺もその空気に感染して、病みかけていたのかもしれない…
新しい学校でも『先生』は同じなんだろうと諦めていたから、この天女様との出逢いは、この天女様と毎日会える奇跡が、どれほど尊いものだったかーー
だから、こんな俺がその天女様にまさか相手をしてもらえるなんて、まるで夢の中のような日々でーー『夢中』の日々。
俺は今夢の中で、天女様に夢中だ。
左指のリングを、毎日何度も確認して、倖せがこみあげてくる。
俺の『真面目』な天女様は、勤務中は俺と目を合わせない。それでも『ただの同僚』の時は合わせる努力をしてくれていたんだが…
まあ、それはしかたない。家へ帰れば、それをネタに『おねだり』もできるわけだし。
ふと緩みそうになる頬を引き締めて、『山岸先生』に切り替える。
いつも爽やかで単純で元気、それが俺の定義する『山岸先生』だ。
『山岸太陽』は人より少しだけ、サービス精神が旺盛なだけ。その相手が求める刺激によって…いや。『山岸ももさん』の求める刺激によってなら、どんな人格にもなれるのが『山岸太陽』、という人物だ。
よし。
『最強に運がいい』俺の最倖の人生を、今日もたのしむか!
太陽さま 天晴(あっぱれ) @ronoann369
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