本編

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「これが日本一大きいタヌキかぁー!」

 で、で、でん! と三体並んで立つ巨大タヌキを見上げ、私は感嘆の声をあげた。

 ソバ屋なんかでたまに見かける、笠をかぶったタヌキの置物。それを高さ五メートルくらいにした彼らがお出迎えしてくれる此処は、信楽しがらき陶苑とうえんたぬき村だ。

 三体の周りには小さなタヌキの置物もずらりと並んでいて、私の胸はさらに高鳴った。

「待っててね、タヌキちゃん!」

 ひとりで熱っぽく叫ぶ。


 信楽しがらきという道路標識だけは、お爺ちゃんお婆ちゃんの家に帰省する時にいつも目にしていた。でも、高速道路からおりて、観光に来たのは初めてだ。

 信じるに楽しいと書いてシガラキと読むこと、タヌキの置物が有名なことを知り、私はお父さんとお母さんに「行ってみたい」と何度も頼み込んだ。

 そして、ついに初上陸!

 私は今日、タヌキの置物を手に入れるために此処に来た。


「あなたも楽しみだよね、コバンちゃん!」

 バッグにつけているキーホルダーをそっとなで、今度はそれに語りかける。ボールチェーンの先についているのは、招き猫のぬいぐるみだ。

 ちなみに、ぬいぐるみをなでる手には、パワーストーンのブレスレットが幾重にも巻き付いている。


 そう。私はおまじないみたいなものが大好きなのだ!


「写真撮ってあげようか?」

 お父さんの声で、自分の世界から引き戻される。

「うん! 撮って撮って!」


 巨大タヌキの前で記念撮影をしてもらって、その後は、並んだタヌキ一体ずつを前からも後ろからもじっくりと見てまわった。首を傾げているもの、目がクリッとしていて可愛らしいもの。いろんな表情のタヌキがいる。


「おーい、そろそろ中に入ろうよ」

 ハッと振り向けば、お父さんとお母さんはもう巨大タヌキから離れ、たぬき村の入り口にいた。

 急いで追いかけ、赤い鳥居のような門をくぐる。そこにもまたいろんなタヌキがいて、胸が高鳴った。


信楽しがらきだから、お迎えするタヌキの名前はラッキーちゃんなんてどう?」

 再び自分の世界に入りながら、招き猫のコバンちゃんに手を伸ばす。しかし、そこで気が付いた。

「コバンちゃんがいない!」

 私の悲鳴に、お母さんが振り返る。

「どうしたの?」

「コバンちゃんがいないの!」

「あれ、どこかで落としちゃったのかな?」

 巨大タヌキを見ている時にはまだあった。ということは、あの辺りを探せばすぐに見つかるはずだ。

「ちょっと探してくる!」

 くるりと回れ右して、私はさっき通ったばかりの赤い門をくぐった。


 その瞬間、ごぷり、と水の中に入ったかのような違和感に包まれる。辺りがシンと静かになった。

 それを不思議に思いつつも、巨大タヌキへ向かおうとした、その時だ。


信楽しがらきタヌキだ!」

「いや、招き猫だ!」


 何やら、言い争う声が聞こえてくるではないか。

 タヌキの置物の影からそっと様子をうかがってみると、なんと、そこにいたのは小ぶりな信楽しがらきタヌキとコバンちゃんだった。


八相縁起はっそうえんぎって知らねぇのかぃ? 災難から身を守る笠! 周囲を見渡す大きな目! 愛想のいい素敵な笑顔! 冷静さと大胆さの大きなお腹!」

 信楽しがらきタヌキがポンッとお腹を叩いた。

「左手の徳利は人徳を身につけ、右手の通い帳はお客さんとの信頼関係! 太いしっぽのように物事の終わりはしっかり、立派な金袋かねぶくろは金運だあ!」

 どうだ、とばかりに信楽しがらきタヌキがキンタマを見せつける。

 思わず後ずさったコバンちゃんだったが、戦意は喪失していない。負けじと信楽しがらきタヌキに言い返した。

「白猫は開運招福、黒猫は魔除け、赤猫は病除け! 右手で招けばお金が集まり、左手で招けばお客が集まる!」

「ハッハッハ! 小せぇ小せぇ! タヌキはほかを抜くと書いてタヌキ。名前からして縁起が良い!」

「なにをっ! 招き猫の手は高くあげていれば遠くからの幸せを呼び寄せ、低ければ身近な幸せを呼び寄せる! 持っている小判に書かれた金額や願いもバリエーション豊かで、鯛や大入袋、打出の小槌なんかとコラボすることもある! 小さいんじゃない! こまやかなんだ!」

信楽しがらきタヌキだってフクロウやカエルなんかとコラボするぜ! どうだ! やっぱり信楽しがらきタヌキの勝ちだ!」


 ヴー! シャー! と睨みあう両者。

 しかし、フッと同時に真顔になる。


「……人間って欲張りだな?」

「思った」

「良いように働かされてやがる。こりゃ、一丁懲らしめてやるか……?」

 信楽しがらきタヌキがギラリと牙を光らせたのを見て、思わず私はたじろいでしまった。

 ジャリ――

 足元で音が鳴る。


 途端に、信楽しがらきタヌキがぐりんと首だけ動かしてこちらを見た。笠から落ちた影が顔をおおい、白目だけが不気味に光っている。その中心には小さな黒目がぽっかり浮かび、まるで魂を吸い取る穴のようだ。

 そんな邪悪な顔をしたタヌキが、小首を傾げ、ニコリと笑ったまま、私に向かってズゾゾッと迫ってくる。

「あっ!」

 と思った時にはタヌキはもう目の前にいて、私は咄嗟に両腕で顔をかばった。


 ブチッ!


 ギャッ!


 パラパラと雨のような音がして、辺りは静けさに包まれた。

 いや、赤い門をくぐった時の違和感が、いつの間にか消えている。ごぷりとした感じがなくなり、他の観光客の声や気配が戻ってきていた。


 足元に視線を落とせば、バラバラになったパワーストーンが落ちていた。手首を見ると、ブレスレットがちぎれている。

 動く信楽しがらきタヌキの姿はどこにもなく、コバンちゃんは地面にコテンと落ちているだけだった。


「あ……あ……」


 無事で済んだ。ということよりも、


「すごいっ!」


 私は大興奮でコバンちゃんを回収し、散らばったパワーストーンをかき集めた。


信楽しがらきタヌキ! 絶対に欲しいっ! こんな不思議な体験しちゃったんだもん! 絶対ご利益りやくあるよおっ!」


 人間って欲張りだな。

 タヌキの言葉に、胸の中で返す。

 そうさ。人間は欲張りなのだ!


 私はその後家族と合流し、なるべく邪悪な顔の信楽しがらきタヌキを探すと、大喜びで購入し、大事に大事に家に持ち帰った。

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ごりやく合戦、勝つのは誰だ!? きみどり @kimid0r1

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