第60話 犯罪級!!

 世界は五月を迎える。


 忙しかった世界警察への対応や、真珠の子である錦響華の勧誘をしっかり終わらせ、俺は憩いのひと時を過ごしていた。


 現在、錦は警察の仕事を休職してこの国のどこかにいる四人目の真珠の子を探しに行っており、新生『折り紙』の一員として刃との闘いに備えている。


 そんな大事な時に俺が学校なんか行っていいわけないのだが、彼女は俺のことを子ども扱いしてきて、高校くらい行っておけ。と揺るがない精神でそれを拒んでくる。何も分かっていないと一蹴しても良かったのだが、彼女の信念もこの組織で反映するのも俺の役目なのでそこは譲っておいた。


 なので俺は今、人生を謳歌している。


「……ん? なんだこれ」


 普段から驚きがいっぱいだ。


「『犯罪級ッ‼超獄辛ラーメン』だと?」


 学校が終わり優を自宅に送った後、俺は小腹が空いたため、おやつがてら飯屋に行こうとした。


 繁華街を歩いていると、俺の目線をひとり占めしてくるワード『犯罪』という言葉が使われた広告を発見した。表面が真っ赤な香辛料で覆われて麺が見えないラーメンの写真はいかにも地獄を表現していた。


 どうやら早食いチャレンジ?のようだ。完食することが出来ればお代は無料になり三万円をプレゼントしてもらえるらしく、残せば一万円を支払わなければならないそうだ。


「ほお、犯罪級………ね」


 当然無視することだって可能だ。こんな誇大広告、実にくだらない。それに俺は辛い物を食べないため、強いか弱いか自分でも把握していない。


 だが、俺の前でよくこんな一言を添えた広告を作ったものだ。


 辛いのかもしれないが、生憎とこっちはプロだ。


 犯罪を司り、この世界で均衡を創り上げた『折り紙』のリーダーだぞ。


 この悪行を見逃すわけにはいかない。


「入るか」


 俺は迷わず入店。ぶわっと熱風が俺を包む。


「っっらっしゃい‼」


「「「らっしゃいっ‼」」」


 いかした髭を蓄えた大将がザルで湯切りをしながら太い声で挨拶すると、他の従業員たちもそれに続く。


 ラーメン屋に入るのは初めてだが、この雰囲気好きになりそうだ。


「外にある広告の辛いラーメンください」


「兄ちゃん、そこにある券売機で購入してくれ」


「……機械?」


 振り返れば、後ろにあった機械で購入すると言うシステムを知らなかったため、出鼻をくじかれた気分になる。


 まず始めに俺を出し抜くとは、やるじゃないか犯罪級ラーメン。この屈辱はあの日の自動販売機以来か。


 俺はお得意のポーカーフェイスで何事もなかったかのように券売機にお金を投入。


 色々なラーメンやトッピングがあり、魅力的だが指先は『犯罪ラーメン』のボタンをロックオン。食券を買い、大将がいる目の前のカウンターに座る。そして、食券を渡すと大将は不敵な笑みを口許に浮かべた。


「平気かい?このラーメンを完食したお客さんはこの十年で未だにゼロだよ」


「なら、今日は歴史的な日になると思いますよ」


「ほお……」


 厨房に緊張が走り、さっきの活気が消えて戦場の状況は一気に変貌する。沈黙した従業員たちはそれ以降一言も発さずに例のものを作る。俺と大将の一騎打ち。


 たかがラーメンとは言わせないつもりか。


「この犯罪ラーメンは幾つもの命を討ち取ってきた」


「駄目じゃねえかその表現」


「君は喰われる側かい?」


 残念だがその程度の煽りでは俺を看破できるわけがない。


 俺はお返しに片方の口角をあげた。


「喰ってやりますよ。俺たちがね」


「何?」


 俺は親指で入り口を指差す。その合図と共に、気だるそうに頭を掻きながら入店してくる白髪の男に大将は鋭い視線を送る。


 センターパートを揺らして、奏は俺の横に来る。


「言ったでしょ?歴史的な日になるって」


「おい、時之宮。オレにこのラーメン喰えって言うのか?」


「ふん、時之宮君というのかい。この子じゃあ、無理だろうね。覚悟が足りてないよ」


「……は?おい、テメェ今何て言った?」


 そう言って、まるで修羅のような顔つきで殺意と変わらない怒りを大将にぶつける。


 奏は戻って券売機で即座に俺と同じものを購入すると、大将の前に来てカウンターにそれを叩きつける。


「この男を殺すのはオレだ。その生温い地獄ごと喰らい尽くしてやる」


「ほお、いつまでその威勢を保っていられるか楽しみだよ。お二人さん」


 髭を撫で、もう一杯の準備を始める。


「奏……平気か?」


「こんな店如き、異能を使って蹂躙したほうが早い。……が、A様には迷惑をかけるなと命じられた。オレはそれに従うだけだ」


 あいつはこんな狂犬を飼い慣らせるほどには強いのか。


 だが、あの強さは俺も分かる。


 初めて俺とAが接触したとき、アイツは俺の真後ろに立っていた。その場には、恐らく気配を操作できる男がいた。それのせいなのかは分からないが、あいつは俺が気付かないうちに背後に近付いていたのだ。


 決して手を抜いていたわけではなかった。あの日の俺は見える世界全てが澄んでいて、どんな異能力を使われても対応できると確信していたはずだったのに。


 するりと。敵のような感覚は無かった。


 もし、負けていたと考えるとぞっとする。


「お前は他人の心配する余裕はあるのか?」


 奏は俺のありもしない変化に気付いたようだ。


「はっ、お前に言われたくはないね。メロディーくん」


「世界警察はゴミ同然の組織だったことが証明されたな。使えない」


「揶揄してるの?」


「お互いさまということだ」


 隣に座り、おしぼりで手を拭くと静かにその時を待つ。


 俺はピッチャーに入った水をコップに注ぐと、滑らせてカウンターの上に載せていた奏の左手の中に入る。


 俺も自分のを入れていると、彼は眉根を寄せた。


「なぜ水を入れるのだ」


「辛い物を食べるなら水はいるでしょ?」


「はあ……」


 まるで何も分かってないと言わんばかりのため息は、少しムカつくな。


「良いか? 唐辛子には基本的にはカプサイシンという成分が含まれている。カプサイシンは脂溶性で水に溶けない。逆に水を飲むことによってその成分が口内で広がってしまう可能性もあるのだ。だからもし飲み物を用意するときはヨーグルトや牛乳が良いとされている」


「へ、へえ」


 別に聞いてもいないのに、饒舌に講釈を垂れ始めた奏に正直引いてしまった。


 確かに有益な情報ではあるが、ヨーグルトも牛乳も用意出来ないこのラーメン屋でそれを言う必要はあるのか。


 きっと女の子とデート行ったことないのだろうな。


「分かったか?」


「ああ。お前の共感能力が低いことは分かったよ」


「……ん?」



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犯罪者の暇潰しは人生謳歌 とーじょう @Naru428

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