服が透けて見える眼鏡を買いませんか?

葎屋敷

今ならなんと五万円!


 あ、兄さん。ちょっとちょっと、なにも言わずにこの眼鏡を買わない?

 そう、私がかけてる、この眼鏡。


 いやいや、確かに最近兄さんの視力が落ちていて、眼鏡をつくろうとしてることは知ってるよ。でも私が兄さんにこれをススメるのは、目の悪さどうこうの話じゃない。

 というのも、これはただの眼鏡じゃなの。なんと、これは「服が透けて見える眼鏡」なんだよ!


 あ、馬鹿にしてる。


 嘘じゃない、本当だよ。

 この「服が透けて見える眼鏡」は、私が行き倒れていた金持ちを叩き起してあげた際に、礼として受け取った貴重品なの。今は試作段階なことと、倫理的な壁を乗り越えられなくて世に出回っていないけど、その実力は本物で――。

 え、金持ちが行き倒れてるのはおかしい?

 事情があったんだよ。どうでもいいこと気にしないで。そこは話の趣旨じゃないから。


 大事なのは眼鏡の性能と値段でしょ?

 なんとなんと、今ならこの「服が透けて見える眼鏡」が税込五万円で――!


 あ、ちょっと待って!

 本当なんだってば!


 待ってよ、黒くて青いロゴ入りのパンツ履いてる兄さん!


 あ、驚いてる。


 え、兄さんの着替えなんて覗く価値がないでしょ。自惚れたこと言わないでよ。

 兄さんのパンツの色がわかったのは、紛れもなくこの眼鏡の、お、か、げ。

 どう? 興味でてきた?


 あ、ウェイト!

 本当なのにぃ。





 うーん、あの子は黒。あの人は白。……あの子はなんて大胆な形で……。


 え、なにって、家の前をたまたま通った女子が履いてるパンツの色を、むっつりスケベ大王こと兄さんに教えてあげてるんだよ。

 いやだな、適当言ってないよ。本当に眼鏡で見えてるんだよ。


 ……見たい?


 そんな無理しなくてもわかってるんだぞ。本当は興味津々なんでしょ?

 いやぁ、兄さんみたいな変態にこそ、この眼鏡の力が存分に使えると思うんだけどなぁ。お金払わない人には使わせてあげられないなぁ!


 仕方ない、今なら特別プライス!

 なんと、「服が透けて見える眼鏡」が驚きの四万でご提供。



 ――って、待ってよ、水色パンツの兄さん!



 あ、戻ってきた。戻ってきた。そんな簡単に去らないでよ。

 え、なんでパンツの色を知ってるのかって?

 確かに、最近の兄さんは着替えを妹が覗かれないかという不要な心配にかられて、盗撮カメラがないか徹底的に調べたうえ、部屋に鍵までかけている。

 普通に考えれば私に兄さんのパンツの柄を知ることはできない。


 でも、この眼鏡があれば、兄さんのパンツの色とかいう世界で最も不要な情報から、兄さんと同じクラスにしてうちの中学のマドンナ・芝村さんの下着の色までバッチリと――。


 あ、待って兄さん! そんな物欲しそうな目で眼鏡を見てたんだから、四万円で買ってよ!

 今なら三万五千円にまけたっていいんだよ!



*




 晴美ちゃん、その下着大胆じゃなーい?

 え、わかるよ。黄色でしょ?

 ふふーん、いやぁ、最近透視能力を手に入れてねぇ。いや、冗談だけど。

 あ、この眼鏡? 素敵なデザインでしょ、わかる?


 ……あれ、兄さん、いたの?

 はいはい、ちゃんと私の部屋で遊びますよ。晴美ちゃんごめーん、リビングはダメだって。移動しよ?

 あ、グレーのパンツを履いた兄さんや、今なら二万円だから。






*


















 まいどありぃ。





















 え、お兄ちゃん、また騙されたの?

 パンツの色ってあんた、適当に言ってるに決まってるじゃない。仕方のないことでお年玉使い切ってもう……。


 え、お兄ちゃんのパンツの色は当たってたって?


 あのねぇ、そんなのお母さんにもわかります。お兄ちゃんは明日、白を履くわ。

 なんでって、あんた物干しに干してあるパンツ取って履くじゃない。ほら、今干してあるパンツ見なさい、白よ。

 ああもう、こんなキッチンで崩れ落ちないで。邪魔な子ねぇ。


 いい? 眼鏡なんてなくても、観察洞察に長けていれば、というか人並みの冷静さと知性があれば、ある程度のことは見抜けるものです。

 あなたは良くも悪くもないその目でしっかりと物事を見なさい。あと倫理観を持ちなさい。そして邪なことを考えたことを反省なさい。

 じゃないと、また妹に騙されることになりますからね!



 ……それにしても不思議ね。お兄ちゃんの下着の色がわかるのは当然として、どうしてお友達の下着の色までわかったのかしら。

 ほら、簡単なように思えて変な話よ。その日体育の授業とかで見る機会があったなら、友達は下着の色を当てられても驚かないでしょ。

 それに、友達の兄弟に下着の色なんて知られたくないでしょうし、事情を知って教えたとも考えられないのよね。

 ……なに言ってんの。あなたじゃないんだから、あの子に騙される子がいるわけないじゃない。眼鏡が売れた場合の分け前なんて言われても信じる子いないわよ。

 もう一回言うけど、あの子に騙されるのはお兄ちゃんくらいだわ。


 ――まぁ、考えても仕方ないわね。この話はお夕飯のときにでも訊いてみましょうか。



 ……ああ、あの子なら友達のところに行くって言ってたわよ。

 その友達の名前は忘れちゃったけど、たしか――





 ――行き倒れのところを助けて仲良くなったんですって。

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服が透けて見える眼鏡を買いませんか? 葎屋敷 @Muguraya

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