神とめがねと世界滅亡

秋待諷月

神とめがねと世界滅亡

 神には三分以内にやらなければならないことがあった。

「めがね! めがね! ワシのめがねはどこじゃあああぁぁぁっ!」

 青い空も高く高く、宇宙も手が届きそうなほどの近くに見える、白い雲の上。

 長い白髪と髭を振り乱して絶叫しながら、神はゆったりとした白い衣の袖や懐をまさぐり、ガラクタで散らかり放題の机の上を引っかき回し、雲の絨毯の上に這いつくばって炬燵の下を覗き込んでいた。

 喧騒を聞きつけて億劫そうにやってきたのは、さも迷惑そうに露骨に顔をしかめた金髪巻き毛の天使である。

「一体なんの騒ぎですか? しつこいくらい図太く長く生きてるんですから、いい加減に落ち着きというものを覚えてくださいよ」

 部下とは思えない辛辣さで諫められ、だが神は怒る様子もなく、それどころか救いの神が来たとばかりに「天使一八三号!」と声を弾ませる。

「いいところに来た! お前、ワシのめがねがどこにあるか知らんか? あと二分半しかないんじゃよ!」

「めがねぇ?」

 ささくれた口調で鸚鵡返し、天使は炬燵布団をめくり上げた体勢のままべそをかいている神をじろりと見下ろした。

「滑稽なほど色を失ってますが、何をそんなに慌てているんですか? お気に入りの連続ドラマでしたら、今日は時間変更で一時間早く放送開始しているので、そろそろエンディングが流れてますよ」

「はぁん! 知ってたならどうして教えてくれなかった……じゃ、なくて! これじゃ、これ! こいつを今すぐどうにかしないと、世界が滅亡してしまう!」

 身振りも大袈裟に神がびしりと指差したのは、炬燵の前に設置された一抱えほどの箱――正確には、ブラウン管テレビに瓜二つの古ぼけた機械である。箱は炬燵机の上に鎮座した別の平たい箱とケーブルで接続されており、さらにそこから、左側に十字型のボタン、右側に四つの丸いボタンが配置されたコントローラーらしきものが繋がっていた。

 箱の前面、凸レンズ状に軽く膨らんだガラス画面に映し出されるのは、黒い背景にビビットカラーのドットグラフィック。カクカクとした字体で記されているのは、赤く点滅する「あと 02:00 で世界滅亡」というデジタルカウンターが埋め込まれた警告文と、先頭にA・B・Cが付けられた三つの選択肢だった。

 天使はと言えば、さして驚いた風も無く、神とは対照的な薄いリアクションで画面を眺めている。

「ああ、この世界。天災ですか? 戦争ですか?」

「後者じゃ。ちょーっと放っておいた隙にドンパチおっぱじめおって、気付けば滅亡寸前だったんじゃよ」

「だからちゃんと見ているようにと言ったのに。放任で平和が保てるほど、世界育成は甘くないんです。そもそも、どうして最初にこんな世界を選んじゃったんですか。初期値であれだけリスクパラメータが高いんだから、手がかかることは分かりきってたでしょう」

「太陽からいい感じの距離で日当たりもいいし、海が見えて景色がいいし、厄介な近隣惑星住民ごきんじょさんもいなさそうだったし、大きさも手頃でいい感じかなぁ、って」

「そんな住宅の内見みたいなノリで即決するから、こういう事態になるんですよ」

 冷たく切り捨てられ、神が「だってぇ」と肩をすぼめる間にも、画面のカウントダウンは止まらない。天使は溜息まじりに「それで?」と話を戻した。

「これとめがねが、どう関係してくるんですか? 画面は見えているんですよね」

「関係大ありだとも。こういう場合のヒントが取扱説明書に載っておったと思うんじゃが、字が小さくて、めがねが無いと読めんのじゃよ」

 神は「世界創造」と題字された分厚い冊子を取り上げて中を開き、白眉の下の小さな目をしょぼしょぼさせる。天使も神の背後から冊子の中を覗き込むが、小さな紙面にぎっちりと詰め込まれた説明事項は膨大だ。視力の善し悪しと無関係に、残り一分かそこらで必要な情報を探し出すのは至難と思われた。

「あああ、まずい、世界が滅んでしまう! どれを世界に投入すればいい? Aの英傑か? Bの預言者か? それとも、Cのカリスマ独裁者か?」

 読めない説明書のページを必死でめくる神を横目に、天使は緩慢な所作で炬燵の脇に腰を下ろした。徐にコントローラーを取り上げ、慣れた様子で両手に収める。

「ま、こういうときは、『トリあえず』ですね」

 ぽつりと落とされた呟きに、説明書からようやく顔を上げた神が、瞬きしながら小首を傾げた。

「とりあえず――どうするんじゃ?」


「『トリセツはあえて使わず』ですよ」


 刹那、天使の親指が目にも留まらぬ速さでリモコンのボタンを連打したかと思うと、三つの選択肢の下に新たな項目、「D:異世界転生勇者(チートスキル)」が出現した。

「――は?」

 神が瞠目する暇も無く、天使は裏技コマンドで呼び出した四つ目の選択肢を素早く選び、躊躇うこと無く決定ボタンを押下する。ティロン、という楽しげなサウンドと同時に、画面に現れたのは派手派手しいメッセージ。


『勇者は魔王軍を倒した! おめでとう、世界滅亡回避!』


 陽気でどこか間の抜けたBGMがスピーカーから流れ出し、画面は明るく穏やかな街並みのドット背景に切り替わる。その映像を呆然と眺めることたっぷり十秒。

「ま……間に合った……」

 神はへろへろと崩れ落ちた。

 白い髭を投げ出して神が突っ伏す炬燵机の上に、天使は「やれやれ」と立ち上がりながらコントローラーをぞんざいに放り出す。

「これに懲りたら、今後は目をはなさないでくださいね――ああ、それと」

 立ち去ろうとした足を止めて振り返り、神に人差し指を向けると、思い出したように天使は言った。

「めがねなら、ずっと頭の上にありますよ」




 Fin. 

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神とめがねと世界滅亡 秋待諷月 @akimachi_f

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