メガネコレクション

文月みつか

メガネのアルセーヌ

 いらっしゃいませ。初めてのお客様ですね。「アルセーヌ」にお越しいただきありがとうございます。なるほど、4月からの新生活に向けて新しいメガネをお探しですか。当店ではありとあらゆるメガネをとりそろえてございます。お客様のお眼鏡にかなうものもきっと見つかりますよ。さあ、ご案内します。


 メガネ屋といいましても、うちは少々変わっていましてね。


 古今東西のヴィンテージ商品を多く取り扱っているのです。いわゆる差別化というやつですよ。まあ、わたくしが大のメガネマニアということもあるんですがね。


 ええ、そうですよね。メガネのヴィンテージなんて聞いたことないとおっしゃる方は大勢いらっしゃいます。しかし一度は騙されたと思ってご覧になっていただきたい。きっと満足していただけるはずです。



 まずはこちらの黒縁のメガネ。上側だけフレームが太くて、どことなくレトロな感じがするでしょう? 実は昔、ある推理小説家が愛用していたものなんですよ。こちらのメガネをかけると、D坂で起きた密室殺人事件の真相が見えたり、二十の違う顔を持つ怪人に対抗する明晰な頭脳が得られます。

 あ、試着はご遠慮願います。貴重な一点ものでございますからね。私の説明が正しいかどうかはぜひお買い上げしたあとでお確かめくださいませ。



 続いてはこちらの黒縁眼鏡。もともとは変装用でしたが、のちに追跡機能や盗聴機能が備わりました。今なら蝶ネクタイとスケボーもセットでお売りしていますよ。あ、お客様、鋭い。そうです、先ほどの商品とは江戸川つながりです。見た目は子ども用ですが、大人も十分楽しめる商品です。



 はい、そちらも子ども用でございます。針金のように細くて極限まで無駄をそぎ落としたシンプルなデザインとなっております。不眠症の方には大変おすすめの商品でございまして、かけるとたちまち眠りにつくことができます。また、射撃の腕が格段に上がり、あやとりの達人になれます。ただし副作用がございまして、テストの成績ががくんと落ちるのでご注意ください。なお、外すと目が数字の3になるお茶目なおまけ機能もついております。



 それから、こちらの黒縁の丸眼鏡もシンプルで使いやすいフォルムでおすすめです。世界を旅するバックパッカーが愛用していたもので、人混みに紛れる能力が向上します。赤と白のストライプの帽子とシャツに、青のジーンズを履いてステッキを持てば、コーディネートは完璧です。



 あれ、そちらは興味ないんですか?

 海苔の佃煮、おいしいのに。



 こちらの銀縁の丸眼鏡は通称「生き残った男の子のメガネ」です。かけると魔法学校へ入学できます。ふふ、すごいでしょう? ただし、かけるときはそれなりの覚悟が必要です。額に稲妻の形の傷ができますし、闇の魔法使いと命がけで戦わなくてはなりませんからね。ああ、やっぱりいりませんか。残念です。



 では少し趣向を変えて、サングラスなどはいかがでしょう? こちらを着用すれば、耐久性と温度変化に優れた高性能アンドロイドのような気分になれます。……はい、気分だけです。本体は高性能ですがサングラス自体には特別な機能はありません。誰かとの別れのシーンではかならず「I’ll be back.」というのが決まりです。



 ……たいへん申し訳ございません。この片眼鏡は売り物ではなく、家宝でして。代々受け継いでいるものです。シルクハットと夜会服でそろえるのが正装です。え、こんな使いづらそうなメガネをどんなときにかけるか、ですか?……それは企業秘密ですよ。



 こちらのウェリントンタイプのメガネはおしゃれですよね。自称天才科学博士がド近眼の少女型ロボットのために用意したものです。こちらもいたって普通のメガネですが、めちゃんこかっくいーので男女問わず人気があります。



 来ましたね。こちらは私のイチオシ商品です。スクエア型のフレームに色つきのレンズがおしゃれですね。かつて圧倒的な超科学技術で天空から地上を支配していた国の王家の子孫が身に着けていたものです。探し出すのにとても苦労したんですよ。何しろ高いところから落ちていきましたらね。このメガネをかけると、人がごみのように見えます。大きな野心をお持ちの方におすすめしたい一品です。



 どうでしょうか、気に入ったものはございましたか?


 ……おや、それは残念です。品ぞろえには自信があったのですが。また珍しいものが入荷しましたらご案内しますから、気軽にお立ち寄りくださいませ。



☆ ☆ ☆



 やれやれ、さんざん見て回っておきながら何も買わずに帰るとは。客商売というは骨が折れます。しかしおかげでまたコレクションが増えました。なんてのろまなお客様でしょう、自分のかけていたメガネがなくなっていることに気づかないなんて。まあ、それほど私の腕がいいということですかね。


 さて、このメガネにはどれほどの価値がありましょうか。かけてみれば、わかります。長年宝石や美術品そっちのけでメガネばかりコレクションしているうちに身についた特殊能力です。あのお客様の見てきた景色が、私には見えるのですよ。


 ……ふむふむ……ほお……素晴らしい!!

 


 皆様も、推しのメガネがありましたらコメント欄にてお教えください。私が速やかにおり寄せいたしますよ。


 では、またのご来店を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

メガネコレクション 文月みつか @natsu73

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ