後悔と懺悔の手紙

佐々木 凛

いつか誰かに届くと信じて

 科学技術が進歩するということは、必ずしも正しいことなのだろうか。

 確かに、かつては一部の選ばれし人間しか享受できなかったことが一般大衆にも広がっているということは素晴らしいことだろう。飛行機が無かった時代、海外には船で行くことしかできなかった。それも行く場所によっては、何十日という時間をかける必要があった。そんな船旅をする費用も時間も持ち合わせる人など、現代でも皆無だろう。しかし、今や月の給料の十分の一程度を出せば、大抵の場所に飛行機で行くことができる。それも、長くても一日で目的地につく。これなら、大いに可能性が広がるだろう。加えて、今やボタン一つで世界中どこにでも行け、誰とでも話すことができる。

 だからといって、それらがもたらすものが必ずいい結果になるとは限らない。データによると、パソコンやスマートフォンの登場により、人類の近視率は飛躍的に上昇している。そして今では、この世界に住む人の八割が眼鏡をかけることになった。これは、由々ししき事態だ。

 私も一科学者として、その責任の一端がある。いや、私こそが元凶だとすらいえるだろう。私があんなものを発見し、それを地球上で生成する方法を見つけなければ、こんなことにはならなかっただろう。

 ――いや、あるいはもっと、遥か昔から科学技術というものは、人類がコントロールできる領域を超えていたのかもしれない。それはバイオテクノロジーが発達してクローン研究が加速したあの時か、あるいはAIの研究が加速したあの時か、あるいは量子力学などのミクロ世界に人類が気付いた時か。

 遡れば遡るほど、なぜあんな研究をしたのかと思えてくる。原子力爆弾開発を訴える書簡を書いている暇があったら、時間を研究してタイムマシンを作るべきだった。そして、凍結した脳細胞からクローンを生成するあの実験を、自分自身の手で止める。そうすれば、私が犯したこの大失敗を無かったことにできただろう。

 ……ダークマター。かつての私は、宇宙の九割を占めているその物質を正確に観測した。そして遂に、百五十番目となるこの私によって、それを地球上で生成し、エネルギーとして利用できるようにした。だが、ダークマターの正体が完全に分かったわけではなかった。それなのに、そのあまりに圧倒的なエネルギー量に目が眩み、普及を急いでしまった。

 その結果が、これだ。全世界に設置したダークマター生成装置は突如として暴走し、この地球上を宇宙と同じ漆黒の世界へと変えた。私は大急ぎでダークマターの影響を防ぐ防護眼鏡を開発したが、その頃には多くの人類がダークマターのエネルギーによって、文字通り目を焼かれていた。私は地球だけでなく、その人たちの世界も漆黒に染め上げてしまったのだ。私が得体のしれないエネルギーを、神にしかコントロールできないエネルギーを、すべてを破壊してしまう恐れのあるエネルギーを、使ってしまったからだ。

 今更後悔し、反省したところでもう遅い。

 だが、人類がこの闇を生き延びることができたとしたら、二度と同じ過ちを犯さないでほしいと切に願い、これをしたためた。

 もし今、あなたがこの文章を読めるなら、お願いです。正体の分からないものは、信じないでください。得体の知れないものが現れたら、それを徹底的に調べて正体を突き止めるか、でなければ処分してください。分からないまま放置することは、最悪の結果を招きます。


いつか、この願いが誰かに届くことを信じて、筆を置きます。

西暦三千二十四年 三月二十六日 日本で生まれた、百五十番目のアインシュタインより

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