Rメガネ

@ns_ky_20151225

Rメガネ

 起きて最初にするのは目を閉じたまま、手探りで枕元のRメガネを取ること。

 でもその朝はなぜかのばした手に触れなかった。なんどか試してあきらめ、目を細く開けた。

 それを待っていたかのように色と文字の洪水が視野を覆う。

『すばらしいお目覚めに……はいかが?』

『今日一日をほがらかにすごすための秘訣は……』

『健康づくりは一杯の……』

 跳ね回る映像と文字。意識の外に押し出そうにも巧妙にデザインされた広告は視野を占領しようとする。それをかいくぐってRメガネを探す。

 あった! あんなところに転がってた。酔ってたのでちゃんといつもの場所に置かなかったんだな。

 かけるとそれまでの視覚的騒々しさが嘘のように静まった。いつもの自分の部屋。あまり掃除が行き届いておらず、歩くと埃がふわっとするけど、とにかくそこにあるものはすべてそこにある空間になった。

 Rメガネはかけてるのを無視できない程度にはずっしり重いが、そこは我慢するしかない。あらゆるVR広告をカットしつつ、しかしその事実を広告主に知られないデバイス。RはリアリティのR。VRからVを引き算してくれる。でも広告を見てることになってるのでここの家賃や光熱費はかからない。だから鼻や耳に赤い痕がつくくらい我慢できる。

 トーストと温めた牛乳、それにヨーグルト。Rメガネがなかったらそれぞれの包装がこっちの目を奪い合おうとするだろうがそうはいかない。いまただの袋と瓶だ。

 でもなぁ、と食べながら考える。広告宣伝費は物の価格に含まれてる。VR広告なんか無かったら値段はどれほど安くなるだろう。けれどいま住んでるこの部屋の家賃と光熱費は本来は広告を見、その反応の測定を了承したからこそ無料になってるわけで、Rメガネがそのあたりをごまかしてくれてるけどずるしてるって言われればその通りだ。

 ま、と、メガネをかけなおす。一瞬だけ色と文字が炸裂して静かになる。このバージョンだって対策されるんだろうな。最近早くなってきた。評論もRメガネの将来には悲観的だ。グラフの曲線は、新バージョンを開発して頒布する手間と費用が限界に達する時期はそう遠くないと示していた。

 そうなったら、ここに住んでる間ずっと視野は広告に占領される。でも広告なしの空間なんて手が届かない。

 Rメガネが無くなったらどうなるんだろう。見えてるものが見えてる通りなのか広告主が見せたいものなのか分からなくなる。いずれかれらの偏見を刷り込まれるんだろう。

 ふふっと笑った。色眼鏡なんて言うけど、今はメガネがあるからこそ素の世界が見られてるんだな。


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