第4話
謎解きはご飯を食べながらということで、駅前にある格安のイタリアンレストランチェーンに向かう。その途中で杏子が立ち止まってバッグから伊達メガネとマスクを出した。
「これ、着けてみて。店に入っちゃうと多分分からなくなっちゃうから。さて、歩けるかな」
そう言って悪戯っぽく笑う。涼太が言われた通りにマスクと伊達メガネを着けるとすぐに杏子の言いたいことが理解出来た。
「なるほどね、でもそれならマスクを外してしまえばいいんじゃないか?」
「そう出来ない、というかしたく無い理由があったのよ」
二人が向かう少し先からニンニクとオリーブオイルの食欲をそそる匂いが漂ってきている。レストランに到着した二人は再び窓際の席に座ってメニュー表を手に取る。涼太はボンゴレ、杏子は名物ドリアを注文した。
「最初に、いくつか前提を伝えておくわ。1、今日はとても寒い 2、めがねを拭く男はマスクと帽子を着用していた 3、めがねを拭く男には見たいものがあった 4、めがねを拭く男はめがねを拭く必要があった 5、めがねを拭く男はマスクを外したくなかった この五つ」
「4についてはさっき分かったよ。答えは結露だ」
「正解。今日のようなとても寒い日に、帽子やマスクをしたまま眼鏡を掛けると、レンズがあっという間に曇ってぼんやりとしか見えなくなってしまうわ。だから視界を確保する為にはレンズを拭き上げる必要があるの」
「ここまでは分かったよ。けど、それならマスクや帽子を取ってしまえばいい」
「それは、彼が見たかったものが何かが分かれば分かるんじゃないかな」
彼が見たかったものをアレコレと想像し、記憶を探るが涼太にはそれが分からない。その様子に杏子がホッとして見せる。
「分からなくて安心したわよ。彼が見たかったものはね、前に座っていた女の子達のスカートの中身よ。だからマスクも帽子も取りたく無かったの」
「あ」
「帽子を取れば視線がバレちゃうし、マスクを外したら顔を見られちゃう。だからどちらも取ることができない。でも、そうすると眼鏡が曇るから」
「あんなに頻繁に眼鏡を拭いていたのか」
涼太は眼鏡を拭く様子を思い出して吹き出しそうになる。噛み殺した笑いで一頻り二人で笑った後、杏子が口を開く。
「ね、お昼ご飯の方が良かったでしょう」
「いや、おかげですっきりできたからな。ただ、どうしてあんな
あの時、確かに杏子は見るな触るな関わるなと言った態度を見せていた。単なる
「あの男のカバンは不自然に膨らんでいたし、地面に置かれていたのよ」
「それがどうかしたのか?」
「カメラが入っていたんじゃないかと思うのよ。それを知ったら涼太はきっと止めに行くんじゃないかって思ったのよ」
「あー、それはそうかも知れない。ちょっと卑劣の度を超しているからな」
「でもね、あの場にもう一人変な奴が居たのよ」
「え?」
杏子の言葉を咄嗟に飲み込めず、間の抜けた返事になる。
「涼太やっぱり気が付いてなかったんだ。サラリーマンが居たのよ」
「居たな、でもそれがどうしたんだよ」
意図を掴みきれない涼太が杏子の意図を探ろうとする。
「あのサラリーマン、リュックサックに運動靴だったんだよ。そのリュックサックは地面に置かれていたの、そういうサラリーマンが居ないわけじゃない。でも時間は午前十時過ぎ。出勤するには遅すぎる時間にあんな場所でカロリーブロックを食べているのよ」
言われてみればかなり奇妙なサラリーマンである気がしてくる。
「眼鏡を拭く男と合わせて考えると、地面に置いたリュックサックのカメラで証拠を収集している、走りやすい運動靴を履いたサラリーマン風の変装をした人物像って何か思い当たらない?」
「私服警官か」
「そ、警察関係者という可能性があったのよ。うっかり眼鏡を拭く男を殴っちゃったりしたら涼太が捕まっちゃうでしょ」
涼太は言葉を失う。眼鏡を拭く男に気を取られていて完全にノーマークだった。
「これが私の、残り2%」
そう言ってドリアを平らげた杏子が伝票を手に取って、涼太に店を出ようと促してくる。
「やっぱりお礼には足りないよ。ここは私が払うね」
「杏子」
「ん?」
杏子から伝票を奪い取ると涼太が背を向けたままヒラヒラと手を振って言った。
「ここは俺の払いだわ。ありがとな」
納得させられて満足した上に、守られて奢られるなんてお姫様みたいな扱いをされてたまるか、涼太はそう思いながら支払いを済ませた。
めがねを拭く男 月狐-gekko- @-gekko-
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