春一番、角界に旋風を巻き起こす

明石竜 

第1話

「ひがあああしいいい、つるぎいいいだけぇぇぇ。にいいいしいいい、

はるぅ~~~いちば~ん」

 西暦20XX年、大相撲春場所十二日目結びの一番。

 呼出から独特の節回しで四股名を呼び上げられると、東横綱でこれまで

十勝一敗の剣嶽と、新入幕東前頭17枚目で十一勝の春一番は二字口から

堂々と土俵に上がった。

 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ!

「はるいちぃっ!」「春一番頑張れーっ!」「勝って記録更新だ!」

 場内から拍手喝采。

 両者向かい合って一礼し、仕切りを繰り返す。


 応援の声が目立つ春一番というユニークな四股名の力士、本名の苗字が春山で

出身地が埼玉県春日部市、誕生日が3月1日だし、春一番のごとく旋風を角界に

巻き起こして欲しいという願いも込めて、所属部屋の親方はこの四股名を付けた

そうだ。

 入門以来、ずっとその四股名のままである。

 愛嬌のある顔つきと、ふくよかな体格から老若男女問わず角界で一二を争う

ほどの大人気なのだ。

 春一番、四股名に恥じず序ノ口から幕下まで四場所連続全勝優勝、初土俵から

史上最速の五場所目で十両昇進。十両も十三勝二敗の優勝で一場所で通過。

 つまり幕内昇進までも史上最速の六場所目で達成したわけである。

 そして今場所もここまで絶好調のため、割りが崩され横綱との対戦が組まれた

わけだ。

 

 制限時間いっぱい。

「待ったなし、手を下ろして」

 行司からこう告げられると両者、ゆっくりと腰を下ろし蹲踞姿勢を取

った後、仕切り線に両拳を付ける。

「はっけよぉい、のこった!」

 軍配が返され、いよいよ立合い。

 その約五秒後、

「おうううううううっ!」

 パチパチパチパチパチッ!

 観客達から大声援、拍手喝采。

 春一番は179センチの自分よりも10センチ近く背の高い剣嶽の

突っ張りの猛攻も物ともせず、がっちり捕まえ投げ飛ばした。 

 春一番、これにて今場所初日から負けなし十二連勝大金星。

 大鵬、尊富士の新入幕初日からの連勝記録を抜き歴代一位に。


 さらに翌日も翌々日も連勝し、初土俵から六場所目で

新入幕幕内最高優勝を果たしてしまった。

 圧倒的なスピード記録といわれた尊富士の十場所目の記録をも更新

してしまったのだ。

 千秋楽は残念ながら負けてしまい全勝優勝は果たせなかったものの、

尊富士以上の衝撃を角界に与えたわけである。

 

 夏場所。春一番は四股名を自分の母校にちなんで栄桜と変えた。

東前頭筆頭で迎えた今場所も快進撃が繰り広げられるかと思われた。

 だが、連日続く大関・横綱戦で格の違いを見せ付けられ初日から六連敗。

場所中に膝に怪我も抱え結局二勝十三敗と大きく負け越し、東前頭十一枚目

へと陥落してしまった。そして四股名も春一番に戻したのであった。

 すると名古屋場所、十三勝二敗でまたしても優勝することが出来た。そのため

験を担いで四股名は春一番のまま戻さなかった。

 それからの快進撃は本当に凄まじかった。秋場所で新三役。それから

三場所の成績十二勝三敗、十三勝二敗、十五戦全勝優勝で文句なしの大関昇進。

 大関も僅か二場所で通過し、初土俵から十三場所目の史上最速で横綱へと昇進した。

 その後も83連勝、十連覇、幕内優勝51回など数々の歴代記録を更

新して行き、史上最強の無敵横綱と評されて惜しまれつつ引退した。

 現役唯一の負け越し場所以降、四股名を春一番に戻して以来、

現役を引退するまでその四股名を変えることはなかったのである。


「半分ふざけて付けたけど、四股名以上の実績を作っちゃったね」

 春一番という四股名を命名した親方は、春一番の母校の十一月生まれの

後輩が入門した際、木枯一号という四股名を提案したが、本人に即却下

されたそうだ。

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春一番、角界に旋風を巻き起こす 明石竜  @Akashiryu

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