掛けても外しても [KAC20248]
蒼井アリス
掛けても外しても
彼は帰宅するとすぐに楽な服に着替える。
そしてコンタクトを外してメガネを掛ける。
ビフォアーとアフターのギャップに僕の鼓動が一瞬跳ねる。
その逆もまた然り。
朝起きてメガネを掛け、ボサボサの髪のまま「おはよう」と言う無防備な姿から、コンタクトを入れて身支度を整えスーツ姿へと変身していく彼の姿を見ても鼓動が跳ねる。
掛けても外しても、彼のメガネはときめきを運んでくる。
知り合って5年、付き合いだして3年、一緒に暮らし始めて約1年。これだけの年月をともに過ごしているのに僕は今でも彼にときめいている。
コーヒーカップを持つ手、「いただきます」と「ごちそうさまでした」の声、風呂場から聞こえてくる鼻歌。そのどれもが愛おしい。
出会った頃の僕は浮気を繰り返したクズ男の元恋人に心をズタズタに壊され人間不信に陥っていた。自尊心は粉々になり自己肯定感なんてものはとっくに失っていた。
そんな僕に彼は根気強く想いを伝えてくれた。2年間も諦めずに伝え続けてくれた。
僕は徐々に自尊心を取り戻し、彼の想いを受け入れると伝えた夜、メガネの奥の彼の瞳が少し潤んでいたことは今でもはっきり覚えている。まあ、その時の僕の目は潤んでいたどころではなくてぽろぽろと涙を流していたのだけど。
彼はあの時と変わらず今でも毎日想いを伝えてくれている。「おはよう」の言葉で、「ありがとう」の笑顔で、そして「愛してる」のキスで。
キスをしてくる5秒前。
彼の両手が僕の顔に近づき僕のメガネを優しく外す。近づいてくる彼の顔はぼやけてよく見えないけど、僕の唇は彼の唇に触れられるのを今か今かと待ちわびる。
僕のキス待ち顔はメガネを掛けたままの彼にはしっかり見られている。なのに僕の目に映る彼の焦らし顔はぼやけたまま。
次は僕からキスをしよう。僕が突然彼のメガネを外そうとすると彼は驚くだろうか。
彼のキス待ち顔を拝むため、そして「愛してる」を伝えるため、次は僕からキスをしよう。
End
掛けても外しても [KAC20248] 蒼井アリス @kaoruholly
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